私のすすめるBook/「紅梅」津村節子著  PDF

私のすすめるBook/「紅梅」津村節子著

「紅梅」津村節子著
文春文庫 本体価格450円+税

癌を家で看取る

 お正月の楽しみは、分断されることなく読書に浸れることである。今年は、津村節子の小説「紅梅」を読んだ。2011年に発表された時「吉村昭氏の闘病と死を、作家と妻両方の目から見つめ文学に昇華させた衝撃作」として話題を集め、菊池寛賞を受賞した。亡くなられた5年前当時も、自ら器具を引き抜いて死を選んだ最期が報道され、気になっていた作品である。

 同業の作家である夫が舌癌を発症し、放射線治療を受け、ようやく治癒の方向が見えた段階で、新たに膵臓癌が見つかった。手術を受け、在宅に連れて帰って最期を看取るまでの一年半の日々を描いた小説だが、癌の闘病記として、医療に従事する者には必読の書だと思う。

 癌を告知するか、癌であることを周囲に知らせるか、治療法の選択(手術か、放射線治療か、保存療法か)、主治医は誰に、病院はどこになど、その立場に置かれたら誰もが直面せざるを得ない、難しい選択を次々に迫られる現実が生々しく文学者の筆で、描かれる。

 吉村氏は、今望んで受けることのできる最高の治療を選択された。国立大学病院(医科歯科?)放射線科で治療し、消化器科教授に執刀され、私立医大(順天堂?)の内科教授に糖尿病を管理してもらう。若手の新進クリニックで保険適応のない免疫療法も受け、在宅に戻った時には訪問診療の優秀な医師も看護師も揃い、理想的な病診連携体制が取られた。首都東京で公園の望める立派な家があり、息子も娘も近隣に住んでいるし、家にはお手伝いの若い人が2人住み込んでいるという十分な療養環境が整えられていた。

 にも拘らず「もう、死ぬ」と自らカテーテルポートを引き抜き死を選ぶ。その前に、在宅に戻った主人公のところへ執刀した大学教授が訪ねてくる。「教授が往診して下さる」と家族は感激するが、「夜中に息を引き取られても、どこにも知らせる必要はありません。朝になってから連絡を。クリニックの院長が死亡診断書を書いてくれます」を伝えるためだった。

 それぞれの場面で登場する医療者はみんな真心込めて治療に当たっている。なのにこの結果である。報われない。文学としてリアルに描かれる医師の姿を通して、今の分断された医療体制の現実が胸に迫って悲しい。

 数日前、中学の同級生が亡くなった。食道癌を診断して半年。相談に訪れる彼の話を、ただ聞くだけしかできなかった。

(西陣・垣田さち子)

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