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社保研レポート

第647回 高齢者の経管栄養の現状を問題点―中止・差し控えの選択肢はあるのか?―
講師:京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻教授荒井 秀典 氏

経管栄養の意思決定プロセスの環境整備が重要

 私は京都北部のいわゆる過疎地の診療所で診療を行い、地域の特別養護老人ホームの嘱託医としての診療も行っています。この地は高齢化率40%を超える地域で、日々の臨床現揚で高齢者の経管栄養に関わる機会は多くあります。近年、救急医療、急性期集中医療、慢性腎不全の透析医療等の現場においても、さまざまな医療行為の適応に関して問題が提起され、多面的な議論が行われています。本研究会に参加した目的は、高齢者の経管栄養に際して、その差し控えも含む意志決定プロセス、また中止の選択の是非等の現状についての情報を得ることでした。

 本研究会では高齢者認知症症例の嚥下機能低下例に対して、肺炎予防、栄養管理目的に行われる経管栄養について紹介されました。2012年日本老年医学会からガイドラインが提出されており、その要旨も紹介されました。

 近年、経管栄養管理の手技の安全性は高くなってきてはいますが、期待されていた程の肺炎予防効果はなく、延命期聞も長くはないとの結果も紹介されました。安全性が向上したとはいえ危険性は伴っており、現場ではこの認識は充分ではないようです。

 経管栄養をしない揚合には、“患者を餓死させることになる”といった罪悪感をもたらし、経管栄養という行為をすることで満足感をもたらしているようです。家庭環境の変化もあり、経管栄養の導入を相談された介護者は、“私ひとりでは決められない。方法があるならお願いします”となってしまい、その後も敢えてその差し控え、中止の議論にまで至らずに継続されてしまうと思えます。

 患者およびその介護者は、病歴・生活歴・家族環境・経済背景等各々異なった状況にあり、異なった価値観を有しています。医療者もまた、さまざまな医療資源・環境の中で、異なった価値観に従って行動しています。経管栄養の導入・差し控え・中止いずれの選択がされることになるにしても、現場の医療者は、介護者に対して経管栄養の効果、危険性に関した正確な情報を提供し、十分な議論の上での選択を行うことができるように関わっていく必要もあると思われます。倫理的にも、法的にも了解される、偏りのない現実的な意思決定プロセスが確保されることを期待します。

(与謝・堀川義治)

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