社保研レポート
医療訴訟における診療ガイドライン・添付文書の意義
第644回(5/26) 最近の医療訴訟の動向と診療ガイドラインの法的意義
講師:京都民医連中央病院 外科 富永愛法律事務所 弁護士 富永 愛 氏
医療行為が思わしくない結果に終わったとき、後になって裁判所から訴状が届いたりすると、医療者としてはいたたまれない。その一方で、患者や家族もやり切れない思いに駆られて訴訟という手段に訴えるのであり、このような両当事者の思いと主張を受けて、裁判所がどのような判断をするのかは気になるところである。
今回の社会保険研究会では、外科医師であり弁護士でもある富永愛氏が、診療ガイドラインや医薬品添付文書が医療訴訟でどのように判断されるのかを示し、日常診療での注意点を概説された。
提示裁判例の患者は72歳男性で、2000年に手のしびれ、歩行困難などで受診した。厚労省指定の難治性疾患である後縦靭帯骨化症との診断にて、第4〜7頸椎の前方除圧術を行ったが、術後に両下肢麻痺および両上肢運動障害が生じたため、3日後の再手術にて第3〜4頸椎の前方除圧術を行った。ところが、その直後から四肢麻痺となり、在宅介護を経て8年後に80歳で肺炎のため死亡し、病院開設者(市)が訴えられた。前方除圧術では頸椎を8〜15?切除したが、裁判では「除圧幅は20?以上が目安の一つ」との基準(2005年日本整形外科学会ガイドライン)に沿わない不適切な手術と認定された。本ガイドラインは手術の5年後に公表されたものだが、根拠となった6件の論文は1997年までに公表されたものであり、手術時(2000年)には既に20?というのが目安と考えられていたであろう、というのが裁判所の判断である。
日常診療の中で、ガイドラインや添付文書に沿わないことがしばしばある。しかし、富永氏は、「医療水準」に満たない「医療慣行」は裁判所では過失と認定されることを指摘する。たとえば、腰椎麻酔の際に5分間隔で血圧測定を行う「医療慣行」は不適切であり、腰椎麻酔薬の添付文書にあるように2分間隔で測定する「医療水準」を義務とするのが最高裁の判例である。それでも何らかの「特段の合理的事情」から、敢えてガイドラインや添付文書に沿わない医療行為を行う際には、その強い必要性を説明し、患者自身にその医療行為を受ける決定を促すこと、また、「この人はこの病気だからこうする」と決め打ちするのではなく、個別の患者の事情や特別なニーズを明確にし、これらを診療録に記録することを富永氏は推奨する。
弁護士である医師は近畿圏全体を見渡しても両手で足りるぐらいの人数しかいない。その中でも、法曹よりも医療現場に軸足を置いて活動している人はごくわずかであり、市中の総合病院の外科医師である富永氏はその貴重なひとりである。医療界と法曹界が正しく理解し合えるための懸け橋として今後ますますご活躍されることを、現場の医師のひとりとして切に願うものである。
(宇治徳洲会病院救急総合診療部 滋賀医科大学公衆衛生学部門 門脇 崇)
講演する富永愛氏