社会保障と税の一体改革を読み解く その4「肩車型社会」のまやかし
1月24日、第180通常国会が開会し、野田首相が施政方針演説の中で「社会保障と税の一体改革」を最大の課題として掲げたことで、「一体改革」が政治の焦点になりました。野田内閣は、1月6日、「社会保障と税の一体改革素案」を決定、閣議報告し、これを土台に、2月下旬には「一体改革大綱」をつくり、法案にして3月下旬、予算案の通過を待って提出し、その強行をはかろうというスケジュールを明らかにしました。この「一体改革素案」(以下、「素案」)は、これまで連載で検討してきた、菅政権の策定した「社会保障・税の一体改革成案」を受け継ぎ、さらに改悪して、そのねらいを明確化したものです。
そこで、今回と次回にわたり、「素案」をテキストにして、野田内閣の「一体改革」の最新のねらいを検討しましょう。
「素案」の第1の特徴、それも最大の特徴は、一体改革でこれまでおこなってきた消費税引き上げの口実を、高齢化社会における負担の世代間公平論と財政危機論のミックスに絞ってくり返し、国民に危機アジリと脅しをかけている点です。その結果、福田内閣以来の、“社会保障は充実するから、そのかわりに消費税は上げさせて”という口実はほぼ消えてなくなってしまいました。
くわしく見てみましょう。
? 「素案」は、高齢化が急速に進行し、「肩車型社会」になるとくり返し強調します。これが彼らの口実の土台に座る大前提です。「2020年には高齢化率が30%近くに達すると見込まれるなど、我が国の高齢化の水準は世界でも群を抜いたものとなる。半世紀前には65歳以上のお年寄り1人をおよそ9人の現役世代で支える『胴上げ』型の社会だった日本は、近年3人で1人の『騎馬戦』型の社会になり、このままでは、2050年には、国民の4割が高齢者となって、高齢者1人を1.2 人 の現役世代が支える『肩車』型の社会が到来することが見込まれている」。
? 次いでこれに重ね合わせて、増大する社会保障費はとても今のままのしくみでは負担できないと言います。高齢者が増大させる社会保障費は、現役世代では支えきれないというのです。今後高齢化がすすむのだから、「年金、医療、介護などの社会保障を持続可能なものとするためには、給付は高齢世代中心、負担は現役世代中心という現在の社会保障制度」ではもたないから、給付はもっと現役世代に、負担はもっと高齢者に見直さなければならないというわけです。
? このイメージをつくったうえで、「素案」は微妙に論点をずらして、日本が巨額の財政赤字を抱え、このままでは「財政危機に陥りかねない」と脅します。ここまで読むと読者は、高齢者の増大=社会保障の増大=財政支出拡大=財政危機という等式に導かれます。支え手の側から見れば、支え手の現役世代縮小=税収不足、赤字国債増発=将来世代へのつけ拡大となります。「我が国においては、今や国の一般歳出に占める社会保障関係費の割合は5割を超えており、税収が歳出の半分すら賄えていない現状に照らせば、社会保障関係費の相当部分を将来世代の負担につけ回していることになる」というのです。
? これで結論はひとつ。現役世代の担ぎ手減少、社会保障費増大のための財政赤字拡大に対処するには、高齢者も含む「全員」が負担を分かち合う消費税を引き上げて社会保障財政支出増を支え、また高齢者に偏る社会保障費も削減して、社会保障財政を立て直し、財政再建をしなければもたないというわけです。
この単純なロジックは、野田政権で発明されたわけではありませんが、野田政権で消費税引き上げのほぼ唯一の口実としてクローズアップされ、しかもマスコミがこれでもかとばかり宣伝するに至って広く普及しています。読者のみなさんもテレビニュースでこれを聞いたことがあるでしょうし、消費税引き上げも仕方ないかと思われていませんか?
しかしこれは、はっきり言ってまやかしです。?の肩車型社会。これは社会の人口構成の問題で言えば本当ですが、これと?の社会保障費の増大、いわんや?の財政赤字の増大は、みんな肩車の上が大きくなるイメージがあるだけで、はっきり言えば関係ありません。強いて言えば、?の社会保障費の増大の重要な部分は、たしかに年金・介護・医療という高齢者3経費の増大に負うところはありますが、それだけです。?の社会保障経費の支え手の弱体化も、?の財政赤字の増大の原因のいずれもが、現役世代が減少し、高齢者が負担しないからではないからです。
財政の担ぎ手は、個人所得税・法人所得税という所得税、金融資産も含めた資産税、そして消費税が三本柱です。社会保険料も社会保障財政では大きな比重を占めています。また、担がれるほうをみても、たしかに社会保障費は大きいですが、それに公共事業費・教育費・軍事費などがあります。
?の社会保障費や?の財政赤字の増大の原因は、高齢化などという理由ではなく、まず支え手で言えば、個人・法人所得税の連続的引き下げ、金融資産課税の減税など、大企業の競争力をつけることをねらった構造改革の結果にほかなりません。おまけに日本はもともと福祉国家でなかったために企業の社会保険料負担も他のOECD諸国と比べても軽いのが大きな原因です。簡単に言えば、本来社会保障や財政の主たる支え手であるべき、またあった、大企業や高額所得者が逃げてしまって、逆に、肩車の上に乗ってしまったところに、財政破綻の大きな原因があるのです。肩車に乗っているほうでは、政府は、?のように社会保障費が上がったことだけを問題にしていますが、もともと日本での社会保障費の額はOECD諸国と比べてきわめて少なく、公共事業関係費がべらぼうに大きかったことには口をつぐんでいます。
だとすれば、?はどうするのか。社会保障費を含む財政支出の担ぎ手を大きくするしかありません。それは、OECD諸国と比べてもきわめて低い大企業の負担を、法人税率の引き上げ、社会保険負担引き上げ、金融資産課税、所得税の累進制復活などで、担ぎ手を福祉国家型に大きく、強くすることです。ところが、「素案」は、一方で高齢者も負担する消費税を引き上げろと言いながら、財政赤字の大きな原因のひとつである法人税を大幅に引き下げろと主張しているのです。「素案」のねらいが、高齢化社会の社会保障の持続になどないことは見え見えです。
次回は、「素案」のほかの危険な中身を検討し、「一体改革」を強行するために野田内閣がおこなおうとしているもくろみにもふれ、まとめとしましょう。
クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』3月号より転載(大月書店発行)