社会保障と税の一体改革を読み解く その2 「一体改革」はなぜでてきたのか  PDF

社会保障と税の一体改革を読み解く その2 「一体改革」はなぜでてきたのか

 「社会保障と税の一体改革」が登場したのは、2010年秋のことです。菅内閣発足の10年7月参院選に向けたマニフェストには「一体改革」の言葉はなく、端的に消費税引き上げが掲げられていました。ところが、参院選で民主党が大敗北をした後、菅内閣は「一体改革」を提起したのです。この点に注目しましょう。

 消費税率引き上げは、大企業の負担を軽減し、大企業の儲けを増やすことをめざす新自由主義・構造改革の常套手段の1つです。ではなぜ菅内閣は、「消費税引き上げ」と言わずに、「社会保障と税の一体改革」というかたちで提起したのでしょうか。

 「そんなことあたりまえじゃないか」と考える読者も多いでしょう。そう、消費税引き上げのための口実ではないかとすぐ気づきます。これは半分あたっています。しかしこれだけでは、消費税引き上げの口実に、なぜ社会保障をもちだしたのかがわかりません。

 じつは、「社会保障と税の一体改革」は、菅内閣が最初に言ったものではありません。福田内閣で提起され、麻生内閣でも言われた政策なのです。

 日本で本格的な構造改革の政治が展開されたのは、橋本内閣にさかのぼりますが、構造改革の政治は、じつはすんなりいかず、ジグザグですすまざるをえません。理由は簡単。構造改革で、労働条件切り下げ、社会保障や地方公共事業費の削減、消費税率の引き上げなどを遂行すれば、大企業の蓄積は増大するが矛盾が顕在化し、不満が鬱積して続けられなくなるからです。

 橋本内閣が、社会保障構造改革、消費税率引き上げをして、参院選で大敗北。そこで、財政出動をして矛盾を緩和するのに、小渕・森内閣が必要でした。ところが財界が怒り、今度は急進的構造改革を約束する小泉内閣が登場し、じつに5年半にわたり構造改革を強行しました。

 大企業が未曾有の利潤をあげた反面、強行された構造改革の矛盾は爆発しました。貧困が眼に見えるかたちで現れ、「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」が流行語になりました。その過渡期に登場したのが安倍内閣ですが、安倍は小泉との約束に縛られて、構造改革路線を転換できず、あえなくつぶれてしまいました。そこで、政権維持のため、構造改革の手直しを期待されて登場したのが、福田・麻生内閣でした。

 「一体改革」は、構造改革の矛盾の爆発に対する手直しの意味を込めた政策だったのです。このままでは自公内閣が潰れ、構造改革政治自体が止まらざるをえない。とにかく、構造改革の矛盾に対し、財政出動を含め一定の対処をせざるをえない。しかも、小渕・森内閣がやったような、地方に対する公共事業バラマキではダメだ。貧困・格差に直接効果が働くように、社会保障に対する財政出動が不可欠だというものでした。

 かといって、その財源を大企業負担に求め、構造改革をやめるわけにはいかない。だから、消費税の大幅引き上げで財源捻出をする。社会保障は一定充実するから・・・・・・・・・・・・・、消・費税を上げさせろ・・・・・・・・、というのが「一体」の意味だったのです。

 福田内閣は、2008年1月、政府部内に「社会保障国民会議」を設けて、構造改革の手直し方針の作成に乗り出しました。座長は、小泉構造改革で社会保障費削減を領導したメンバーの1人、吉川洋氏です。にもかかわらず、国民会議は、小泉内閣の経済財政諮問会議の軌道修正を図りました。

 会議は、小泉内閣の急進構造改革をあからさまに否定しはしませんでした。しかし、構造改革の一環としての社会保障構造改革による給付削減・負担増の結果、「制度の持続可能性」は増したが、社会保障サービスは劣化した、だから持続可能性と「同時に」、「今後は社会保障の機能強化」をはからねばならないという視点をうちだしたのです。もってまわった言い方ですが、社会保障を充実しないとまずいと言っているわけです。

 キーワードは、「持続可能性」と「機能強化」。前者は負担増、後者は充実の意味であることを理解しないと報告の真意はつかめません。これを頭に入れて読んでみてください。

 「2000年以降の医療・年金・介護などに関する一連の『社会保障構造改革』により、社会保障制度と経済財政との整合性、制度の持続可能性は高まった。 /しかしながら、今日の社会保障制度は、少子化対策への取組の遅れ、高齢化の一層の進行、医療・介護サービス提供体制の劣化、セーフティネット機能の低下、制度への信頼の低下等の様々な課題に直面している。/ 『制度の持続可能性』を確保していくことは引き続き重要な課題であるが、同時に、今後は、社会経済構造の変化に対応し、必要なサービスを保障し、国民の安心と安全を確保するための『社会保障の機能強化』に重点を置いた改革を進めていくことが必要である」。

 具体的には、基礎年金の国庫負担2分の1化、「不十分・非効率」で「医療崩壊」とまで言われている医療・介護・福祉サービスの拡充、高額療養費制度改善、低所得者対策などが提起されました。

 問題は、この財源をどうするかです。国民会議は、何%くらい消費税引き上げをすればまかなえるかを試算して、年金を現行社会保険方式でいく場合には2025年までに6%程度、税方式の場合は9〜13%引き上げが必要と試算、さらに医療・介護保険料の引き上げも謳ったのです。

 この国民会議の最終報告を待たずに福田内閣は崩壊し、麻生内閣は、福田時代の「国民会議」報告を無視しました。しかし、問題は解決していないどころか、麻生内閣になって、リーマンショックによる世界不況が勃発。そこで麻生内閣も、「安心社会実現会議」を立ちあげ、同様の一体改革を具体化せざるをえなくなりました。

 しかし、これを実行する前にその麻生内閣は総選挙で敗北し、政権交代で鳩山内閣が誕生しました。鳩山内閣は構造改革を止めるためのいくつかの施策を打ち出すとともに、消費税引き上げも凍結してしまいました。財界・財務省の落胆と危機感は、いかばかりだったでしょうか。

 そして、菅内閣がふたたび「一体改革」をもちだしたのです。それはなぜか? 次回、それを検討します。今回の検討をつうじてここで確認しておきたいのは、登場したときの「一体改革」には、少なくとも社会保障給付を拡充しないとたいへんだという認識にもとづく「積極的」な側面があり、それが「機能強化」論というかたちで表明されていたことです。しかし、菅内閣でそれが、重大な変質を遂げることになります。

クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』1月号より転載(大月書店発行)

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