社会保障と税の一体改革を読み解く その1 原資料にあたることの大切さ
今回からしばらくは、今の政治を推進しようとしている政府や財界の政策の基本となる文書、あるいは保守支配層のめぼしい言説を読むというかたちで、現代日本の政治を考えていきます。
なぜ、このような企画を立てたかについて、あらかじめお話ししておきましょう。
第1の理由は、読者のみなさんに、保守支配層が出してくる政策文書を現物で読み、直接それを検討する力をつけてほしいからです。本誌の読者の多くは、日々学校で生徒たちと格闘されながら、教職員組合の活動や他の社会運動にも旺盛な関心をお持ちのことと思います。
政治の場面では、いろんな問題が提起されます。TPP、原発再稼働、あるいは消費税引き上げ等々…。みなさんは、それらの問題をまずは新聞・テレビのニュースで知ります。それだけではその問題の背景やねらいがわからないときには、他の新聞を読んだり、あるいは『世界』や『週刊金曜日』などの雑誌にあたって問題を探ろうとする方もいらっしゃると思います。そんなときにぜひ、それと並行して、原資料にあたって自分の眼で読む習慣をつけてほしいと思います。そうすることで、新聞報道の不十分さ、ウソ、問題の真のねらいを読み解く力がつくようになるからです。
私たちが財界や政府の政策を見ようとするとき、昔では考えられないくらい便利になりました。政府の審議会の議事録などは、非公開のものを除いて、ホームページで見ることができます。今回扱う「社会保障と税の一体改革」についても、菅政権の下でつくられた「社会保障改革に関する集中検討会議」のホームページを見れば、その審議や修正過程も含めて誰でも見ることができます。
ですから、こうした条件をフルに使って現物にあたることが大事です。私は講演の際も、常にこうした原資料を示すようにしていますが、それは、実際の資料にあたることによって、マスコミのいっていることが時にいかにいいかげんであったり、故意と思われるほど大きな間違いであったりするかがわかってもらえるからです。
原資料を読み解くシリーズを始める第2の理由は、そうはいっても生の資料にあたって分析をするのはそう簡単ではない、それを読み解くには、それなりの準備や知識が必要であることを知っていただきたいからです。
たとえば、これから検討する「社会保障・税一体改革成案」を取り上げてみましょう。みなさんの多くは、「一体改革」に関するマスコミの報道、それに対する批判的な論説から、このねらいは消費税引き上げだと思っているのではないでしょうか。たしかにそれは成案の決定的に重要な部分です。しかし成案には、他にも大量のことが書かれています。一般のマスコミは、社会保障改革の部分については、せいぜい「若者の雇用就労支援策が打ち出された」とか、「高額療養費の限度額の引き下げが入った」とかを紹介する程度ですが、実際の「成案」を見れば、それがいかに不十分であるかがわかります。
では、成案には、一体どんなことが書いてあるのでしょうか。
1つ事例を挙げましょう。社会保障に関する部分には、今度の改革のもっとも大事な留意点として次のような文言があります。「自助・共助・公助の最適バランスに留意し、個人の尊厳の保持、自立・自助を国民相互の共助・連帯の仕組みを通じて支援していくことを基本に、格差・貧困の拡大や社会的排除を回避し、国民一人一人がその能力を最大限発揮し、積極的に社会に参加して『居場所と出番』を持ち、社会経済を支えていくことのできる制度を構築する」。
これを読んで、どう感じられますか? 何を言っているのかよくつかめないと思う人もいるかもしれませんし、美辞麗句が書いてある程度と感じる人もいるかもしれません。たしかに、なぜここで「自助・共助・公助の最適バランス」などという言葉が出てくるのかは、これを読んだだけではわかりません。しかし、ここに書かれている部分は、「一体改革」の社会保障観、その方針の極めて重要な部分であり、決してたんなる美辞麗句ではありません。では、この文章にはどんな意味が込められているのでしょうか。
これからの連載では、政府や財界文書を読むときの前提や必要な知識を含めて、その読み方をお話ししてみようというわけです。以上が、資料読み解きシリーズの前置きです。
これから扱う「社会保障と税の一体改革」について、11月に入ってから大きな動きがありました。この方針は、菅政権の時の6月30日に「政府・与党社会保障改革検討本部」で決定し、翌7月1日、閣議で報告されたものです。閣議で反対にあうのを怖れ、菅政権は閣議報告にとどめたのですが、いずれにせよ、菅政権の時に政府の方向として打ち出されたものです。
それを野田政権は踏襲し、実行に移そうとしています。野田政権になって、「一体改革」を実行に移すために、民主党内の「社会保障と税の一体改革調査会」と「党税制調査会」が、来年の通常国会で消費税引き上げと社会保障改革の法案を提出することを見越して動き出したのです。ところが野田首相は、そうした党内調整の頭越しに、消費税引き上げに一歩踏み込みました。野田首相が出席したG20首脳会議で、首相は「消費税を10%まで引き上げる」ことを「国際公約」したのです。
いうまでもなく、この方針は国会で承認されたものでも、総選挙で国民の信任を受けたものでもありません。ところが野田首相は、それを諸外国に「約束」したのです。まったく、とんでもない、非民主的な暴挙です。しかも、これは民主党のマニフェストをも公然と踏みにじるものです。なぜなら民主党政権は、消費税の引き上げをする前には、必ず解散して国民の信を問い、国民の同意を得てからおこなうとくり返してきたからです。にもかかわらず、野田首相は、消費税引き上げと「一体改革」の法案を通過させる前に解散総選挙はしないと言明したのです。
これは、野田政権が、「一体改革」、それも消費税引き上げを断固実現することを宣言したことを意味しています。では、なぜこれが野田政権の主要課題となったのでしょうか。また、消費税引き上げといわず、なぜ「一体改革」というのでしょうか。消費税引き上げはともかく、社会保障は少しでも前進するのでしょうか ― 。
こうした疑問に答えるために、次回は、「社会保障と税の一体改革」の経過をふり返ることから始めましょう。
クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』12月号より転載(大月書店発行)