環境問題を考える(107)  PDF

環境問題を考える(107)

クルマ社会がもたらした影響 買い物弱者(難民)

 経済産業省の2010年12月の発表では、流通機能や交通網の弱体化とともに、食料品等の買い物が困難な状況に置かれている人々のことを“買い物弱者(難民)”といい、その数は全国で600万人と推計しています。私の住む地域でも、これまで30数年間営業してきたスーパーが、突然倒産して廃業しました。町内には不思議に男性一人高齢者が多く、たちまち毎食事の総菜や日常品の調達ができなくなり、困り果てる事態となりました。最も近いコンビニでも往復1キロ近くあり、歩行困難な高齢者にとって決して近い距離ではありません。近くにある商店街は、市内大型商業施設の影響等で経営がたちゆかなくなり、シャッター通りと化しています。

 過疎地や大規模団地は言うに及ばず、市内の住宅地にも、今や“買い物弱者(難民)”は増え続けています。“買い物弱者(難民)”を生みだした原因は多く挙げられますが、主なものはクルマ社会の到来と大型商業施設の建設でしょう。地方の市町村で顕著なように、幹線道路沿いに郊外型の大型商業施設やファストフード店、ファミレス等が進出し、クルマで日常品が何でもそろう買い物や家族が気軽に外食をするスタイルが定着しました。かつて繁栄した中心街がさびれ、公共交通が縮小した中で、クルマを利用できない高齢者や障害者が街や地域の中に取り残されてしまう現象が、日本中至る所で起こってしまいました。

 日本では1965年頃からモータリゼーションが始まり、1970年以後に急速に進みました。京都市でも、クルマに押され、便利で快適、安価な運賃、京都らしいのんびりした市民の足として親しまれた市電が、1973年10月過大な赤字を抱えたとして、全線廃止となりました。道路の整備が急速なテンポでなされるにつれ、クルマの保有台数も増加の一途をたどりました。国民の多くは、クルマの使用で便利で豊かな消費生活を享受できるようになりましたが、他方、自動車交通事故、道路渋滞、環境破壊(大気汚染、騒音、振動等)、石油資源消費、公共空間占拠等といった深刻な社会問題が生じました。一台のクルマは道路の約100m2のスペースを占有して走っているといわれます。さらに、自家と目的地の駐車スペースに、20〜30m2の面積を必要とします。都市空間でクルマ、道路、駐車場のために使用されている面積は膨大で、道路だけで日本の大都市の中心部で約30%(名古屋市約40%)とされています。これに駐車場スペースが加わると、都市空間の半分近くがクルマのために使用され、都市の魅力である賑わいやコミュニティーが失われてしまいます。テレビで時々放映されるヨーロッパの旧市街の魅力は、家々が密接につながり、いろいろな商店が軒を連ねながら、市場が立っていることです。走っているクルマは少なく、大きな駐車場もありません。そこには今の日本では少なくなった、温かい人と人の交流があり、心豊かな光景が展開されています。

 富山市が低床式軽快電車の導入により、“買い物弱者(難民)”を減らしたユニークなとりくみを始め、各地でコミュニティバスを使う等いくつもの新しい試みも始まっています。個人の移動手段としてあまりに便利な文明の利器であるクルマへの依存を脱し、自転車の安全走行を視野に入れた新しい公共交通体系のもと、新たなライフスタイルで“買い物弱者(難民)”を出さない社会、みんなが豊かに共生できる社会に作りかえることが大切です。クルマ社会がもたらした影響については、増田悦佐著『クルマ社会・7つの大罪アメリカ文明衰退の真相』(PHP研究所、2010)が詳しく、今後の日本社会を考える上で興味深く、是非ご一読をおすすめします。

(環境対策委員・山本昭郎)

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