現代日本のマスコミ論――マスコミの「常識」はなぜ形成されたのか?
講演の際、質問されるテーマは時によって大きく変わります。ところが時期を問わず、いつでも必ず出る質問があります。「マスコミはどうしてこんなに悪いのですか?」という類の質問です。背後には、今のマスコミが世論を誘導して悪い方向にもっていこうとしているのではないかという、根深いマスコミ不信があります。
私は、マスコミが結託して 企 みたくらのもとに世論を誘導しているという「陰謀論」には 与 しません。
しかし、マスコミに世論の形成や指導の意図があることは事実ですし、大きな力を発揮していることは否定しようもありません。とくにマスコミが足並みをそろえたとき、その効果は抜群です。
では、マスコミはなぜ、しばしば論調が同一方向に 収斂 するのでしょうか。それはマスコミの執行部や論説委員らが、保守支配層の「常識」を共有しているからです。
この「常識」は、保守支配層内のさまざまなアクター、アメリカ政府、財界人、官僚、有力保守論客などの言説、そして彼らへの取材を通じて得た情報を元に形成されます。問題は、近年メディアの違いを超えて、強固な「常識」が形成され、メディア報道の同一化が進行していることです。
強固な「常識」とは、日米同盟の強化と構造改革の2つが必要だという「常識」です。冷戦終焉により、世界は自由な市場で統一され、中国の市場開放をはじめグローバル企業には大きなビジネスチャンスが到来したが、進出先の市場秩序維持のためには世界の警察官としての軍事力が必要となった。日本も世界の秩序維持のために貢献すべきであり、そのためには日米同盟は強化されねばならない。米軍の世界的プレゼンスを擁護し、協力することこそ国益にかなうという「常識」です。
構造改革推進についても強固な合意が存在しています。それは、大企業の世界競争激化のもと、日本企業の競争力を強化するための構造改革は不可避だ。もちろん改革の痛みは緩和しなければならないが、それも改革の遂行、経済成長により克服すべきであり、痛みの緩和のために利益誘導や福祉支出に走り、大企業負担を増加する財政肥大を招くようなことがあってはならないという「常識」です。
そうはいっても、その大枠の中で、各メディアには無視しがたい色彩の違いはありましたが、昨年の政権交代の後あたりから、論調が急速度に一致し始めたのです。
2009年に政権交代し、民主党政権が成立してからのこの1年は、国民にとってだけでなく、マスコミ人にとっても大きな未知の経験でした。当初はマスコミも、「産経」を除いて熱に浮かされたように鳩山政権に熱い期待をかけるところが多く、「常識」も脇に追いやられることしばしばでした。
ところが、鳩山政権が国民の期待に背中を押され、普天間基地のグアム移転に固執し、福祉のマニフェスト実現にこだわって保守の不動の枠組みから逸脱をみせるころから、俄然「常識」に目覚め、鳩山政権に危惧を表明し始めたのです。財界・アメリカ政府の危惧も、政権交代熱病からの覚醒を助けました。そして今年に入って、鳩山政権が普天間で迷走をくり返し、日米同盟の強化どころか危機に陥りかねない状態が生まれました。構造改革問題でも大きく後退、ジグザグをくり返したものの、最後まで消費税引き上げを 肯 じない。
ここにマスコミの強力な常識バネが発動したのです。鳩山首相はジグザグをくり返したあげく、5月28日に日米合意に至りましたが、「もはや鳩山では日本は沈没する。鳩山を降ろせ」で新聞各紙・メディアは一致したのです。
菅政権がそうした保守の枠組みへの復帰を期待されて登場したとき、大新聞は、文字どおり、長年にわたる「 恩讐 を越えて」、菅政権支持を打ち出します。「常識」崩壊の危機に直面して、各紙が「遊ぶ」余裕を失ったのです。
典型例が消費税です。参院選公示日の社説では、各紙が一致して、菅政権が打ちだした消費税引き上げ賛成で足並みをそろえました。さらに驚いたのは、参院選で菅の率いる民主党が大敗北したあとの論調でした。これを、民主党政権への「ノー」と捉えて総辞職か解散を訴えた「産経」を除いて、「朝日」も「読売」も菅政権の辞職を求めなかったのです。「朝日」は露骨に「有権者は民主党に猛省を迫ったが、政権を手放すよう求めたとまでは行かない」と勝手な屁理屈で、菅政権を擁護しました。「読売」は、菅民主党の敗北は消費税引き上げを訴えたせいではない、消費税問題で動揺した姿勢が原因だとして、「ひるまず消費税論議を進めよ」と訴えたのです。なぜでしょうか?
小泉ばりの福祉削減・リストラでは、格差・貧困が露わになって構造改革は続かない、しかし財政出動を野放図に認めれば財政破綻だ。おまけに、不況と大競争下で大企業の競争力回復の手を打たねば日本沈没だ。中国に対抗するためにも法人税引き下げは待ったなし、さらに財源不足となるとなれば、消費税引き上げ以外ない。これが、消費税引き上げ翼賛論調を支える「常識」だからです。
では、どうしたらいいのでしょうか。メディアを支配している「常識」を揺るがすしかありません。その力は2つ。常識を疑う市民の声と、マスコミ現場の手足である報道記者たちの頑張りです。
2008年に放映されたNHKの「ワーキングプア」を覚えていらっしゃるでしょう。3度放映され、構造改革でしか繁栄はないという「常識」を打ち破りました。そして、NTV系の「ネットカフェ難民」報道も後を継ぎました。市民の運動の 昂揚 は、「年越し派遣村」で、大衆運動は報道しないという「常識」を打ち破り、全国ネットで貧困が市民に届けられたのです。これが、マスコミの構造改革常識をしばし沈黙させ、政権交代をもたらす大きな要因になったことは明らかです。
市民の声は、こうした番組の続出を励ましました。この声に支えられて、現場は上層部の常識に挑戦し、風穴を開けられたからです。
マスコミは決して一枚岩ではありませんし、世論に敏感に反応せざるを得ません。いま、再び強力な常識バネが働いていますが、運動を背にした市民の声と現場、この2つの力が合流することで、この壁を打ち破り、構造改革でない道をメディアに登場させる可能性が拓けます。
クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』12月号より転載(大月書店発行)