特集2 医師として同じ苦しみ二度と味わいたくない 思い胸にハルビン視察ツアーを実施
「第29回日本医学会総会2015関西」が京都を中心に開かれる。
日進月歩の医学・医療で生命そのものを操作、選択できる時代となった現代だからこそ、医学・医療に求められる倫理的課題は格段に重さを増している。
しかしながら、日本の医学界において「医の倫理」について然るべき十分な議論が行われてきたとはいえず、特に「731部隊」に代表される戦前の日本の医師・医学者が関わった、非人道的な行為に対する考察と反省に対する取り組みはこれからと言わざるをえない。
全ての生命を尊重するはずの医学・医療が陥った当時の状況は、医の倫理に関わる原点の問題である。こうした問題意識により、14年1月12日に有志による「医の倫理—過去・現在・未来—企画実行委員会〜日本医学会総会2015関西にむけて〜」を設立。1年後の医学会総会に向けてさまざまな企画を実行する予定だが、その第1弾企画として実行委員会と保団連の主催で、実際に歴史的な事実に触れ学習を行うツアーを5月3日から6日にかけて開催した。企画は京都府保険医協会。
視察では、侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館の見学、陳列館館長らとの懇談、黒龍江省社会科学院との懇談を行い、市内に点在する旧日本軍関係の史跡を訪れた。また、当初予定にはなかったハルビン医科大学付属第二病院に訪問する機会を得て、若手医師との懇談と院内見学を行った。参加者は総勢25人で、視察団長は保団連理事の加藤擁一氏(兵庫協会)が務めた。
731部隊を事実として受け止めて
侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館では、毒ガス兵器など今日の国際社会が禁止する化学兵器を日本軍が使用した事実に関する資料や、細菌兵器開発に関する資料が展示されており、731部隊の行為が総合的・多角的に検証されていた。
また、2007年1月にアメリカ国立資料館が公開した10万ページを超える、ペスト菌に関する「Qレポート」、炭疽菌に関する「Aレポート」、当時の日本軍上層部から731部隊に対して出された機密指令書など、この場所でなにが行われていたのかを示す資料も展示されていた。日本軍は実戦上も化学兵器を使用したとされ、人体実験も含め、現地の人々に与えた被害1800事例が紹介されている。
館内見学後には、金成民館長らと懇談を行った。冒頭、金館長は「731部隊の研究は中国のためではなく、世界平和に役立てたいと思って取り組んでいる。今後も博物館の新設や韓国、日本でのシンポジウム開催などを行う予定だ」とあいさつ。視察団からは加藤団長があいさつを行い、参加者から人民日報が報道した731部隊に関する新資料の内容についてや、日本軍遺棄毒ガス兵器の被害状況についての質問が出された。懇談を通じ金成民館長をはじめ、陳列館の研究者たちが、学術的に資料を収集した上で、真摯に科学的な立場で研究検証を行っていることが伝わってきた。
懇談終了後は、ボイラー室や実験動物の飼育室、兵器の貯蔵庫跡など、敷地内に点在する当時の建物跡を見学した。
黒龍江省社会科学院とも懇談
2日目は、午前中にハルビン市内の日本軍関連史跡を見学。731部隊の初代部隊長で医師の石井四郎氏の旧官舎、当時は要人の宿泊施設として使用され、現在もホテルとして利用されている旧大和ホテル、現在も小学校として使用されている旧桃山小学校などを見て回った。
午後からは黒龍江省社会科学院と懇談を開催。社会科学の学術機構で、総合研究センターとなる社会科学院は中国全省、自治区、直轄市および主要都市に設置されている。
懇談には社会科学院より23人が参加し、黒龍江省社会科学院書記の朱宇氏のあいさつと加藤団長のあいさつが行われた後、日本と中国の参加者それぞれが自己紹介を兼ねて交互に発言。それぞれの立場で、真摯に歴史に向き合う姿勢を確認しあう機会となった。
参加者ひとこと(ハルビン視察報告集より抜粋)
ハルビン視察ツアーを終えて 加藤擁一氏(兵庫県保険医協会)
731部隊の蛮行については、多少の知識は持っていたつもりではあったが、改めて、少なくとも3000人といわれる「マルタ」を人体実験で虐殺した現場の遺跡や当時の資料を見ると、衝撃的である。「マルタ」の多くは、日本の侵略戦争に反対してつかまった知識人・活動家であったという。厳粛な気持ちで犠牲者に献花してきた。
日中の真の平和・友好のため私たちにできることは、戦争の実相を伝え、平和憲法を守りぬくことであると思う。
吉中丈志氏(京都府保険医協会)
加害の史実は重い。被害者が忘れることはないことに思いを致すとなおさら向き合うのがつらくなる。しかし、陳列館が積み重ねてきた学術的な姿勢と世界文化遺産登録の取り組み、愛国教育とは距離のある若い世代の中国の医師の状況は、この溝を埋める現実的な手掛かりを与えてくれていると思う。必要条件は日本の医学界の真摯な向き合い方だ。そこから東アジアの医療の未来を作っていけるバトンをつないでいくことができるのではないだろうか。
荒木常男氏(大阪府保険医協会)
確かにハルビンは東方のモスクワ、東方の小パリである。これからもこのすばらしい都市景観を保持して日本からのもっともっと多数の観光客の目を楽しませてほしいものである。その折、731部隊の遺構もちょっと訪問して、日本陸軍の残虐な殺人行為も忘れずに学習して、軍国主義の行き着く先を見据えて、日本の軍国主義の復活を阻止していきたいものである。温故知新である。
侵華日軍731部隊罪証陳列館にて 武田勝文氏(大阪府保険医協会)
陳列館訪問の後、金成民館長はじめ陳列館のスタッフとの交流の場が設けられた。
金館長は25年間731部隊の研究に携わり、今後建物の拡大やスタッフの増員を計画していること、2014年1月政府の方針で「世界遺産登録」に向けての組織を立ち上げ、ハルビン副市長が責任者になったこと、学術記念館としての性格を推進し、韓国、米国、ドイツ、ポーランドなどと連携していくことなどの計画が話され、今年11月ソウルで731部隊問題のシンポジウムを開催予定であることが明らかになった。
ハルビン医科大学付属第二病院との懇談 三浦次郎氏(京都府保険医協会)
視察2日目の午後、ハルビン医科大学付属第二病院との交流が企画された。日本で医学を学ぶため日本語教室があり、そこの金寧・日本語教研室講師との縁で、今回交流会を持つことができた。
この懇談で、急速に発展している中国の一面を見ることができた。救急医療・手術等のレベルはかなり高いと思われるが、救急車が有料で、健康保険もかなり自己負担があるようである。バスの添乗員も「病気になるのが一番怖い」と言っていた。
日程 訪問先 内容
2014年
5月3日 ハルビン市内へ ハルビン市内到着、ホテルへ。
5月4日 侵華日軍七三一部隊罪証陳列館 陳列館見学後、金成民館長、楊彦君所長らと懇談。昼食を挟み、陳列館敷地内にある跡地を見学。
ハルビン医科大学第二附属病院 金寧教授(臨床医学日本語学科)と心臓内科・肝臓胆嚢外科・神経内科の若手医師らと懇談。その後、院内を見学。
5月5日 日本関係史跡(ハルビン市内) 旧石井官舎、大和ホテル、日本領事館、桃山小学校などを見学。
黒龍江省社会科学院 朱宇副書記、戦継発規律委員会書記ら総勢10人と懇談・懇親。
5月6日 日本へ 一路、関西空港へ。