特集・「医の倫理」ゼミ 過去・現在・未来の視点から考える
2015年、京都を中心とした関西一円で「第29回日本医学界総会2015関西」が開催される。「医学と医療の革新をめざして」と銘打たれ、「日本の医療・介護制度を考える」「グローバルヘルス」など20の柱からなる学術講演も企画されているが、その中に「医の倫理」を中心テーマに取り上げたものは見あたらない。
また、来年日本は敗戦後70年を迎え、様々な分野でそれに関わる企画が予定されているが、そういったテーマも見あたらない。
世界的には、ドイツ医学会が、2012年の総会において様々な人権侵害の罪を犯したことについて深い遺憾の意を表し、ナチ医学の犠牲者に許しを乞う宣言を行ったのに対し、日本の医学界は、いまだに過去に目を閉ざしたままと言われている。
今、医療現場では、先制医療、再生医療、生殖医療、終末期医療、臨床研究のあり方等、「医の倫理」が問われる場面が確実に増えているが、患者・国民の人権保障をめざす医療実践を、過去の医学犯罪の検証と反省抜きに実現できるとは考えにくい。少なくとも、東アジアをはじめとする諸国の医療者や国民の中には、そう感じる人々もいるだろう。
協会は、保団連や保団連に加盟する関西エリアの保険医協会などと協力して、この問題を検証・検討し、あるべき「医の倫理」について患者・国民とともに考える取り組みを始めている。
過去「戦争と医学」をテーマに
8月31日に開催した医の倫理ゼミ第1講には、37人の受講登録者を含む58人が参加した。マスコミからも2人が出席し、9月1日には京都新聞での報道も行われた。
講義1では「15年戦争期における日本の医学犯罪」をテーマに大阪市大准教授の土屋貴志氏が、731部隊の行った中国等での戦時下医学犯罪について講義した。この問題については、石井四郎をはじめ当事者たちが、敗戦時日本に逃げ帰るに際して証拠となるあらゆるものを爆破、焼却しているため、実証研究が極めて困難な状態にある中、公開されているアメリカ軍資料や、当事者自身が戦後発表した論文等などから検証可能な事実について整理をし、その実態に迫る話が語られた。
また、講義2では、旧日本軍が遺棄した毒ガス(化学兵器)兵器により発生したチチハルでの毒ガス被害について、被害者に対する日中合同検診を行ってきた京都民医連第二中央病院院長の磯野理氏による実態の紹介が行われた。これらの講義について、受講者からは、医療者への厳しい意見を含めて以下のような感想が寄せられている。
「聞いて知ってはいましたが、詳細までは知りませんでした。日本軍が残したガスによる被害者の方々には、今の状態が少しでも緩和されるよう日本の医療をもっと提供できればと感じました」「医学犯罪という言葉そのものが病院に勤務する者として、とても心が痛かったです。詳細を聞くことができて良かったです」「土屋先生はほぼ同世代であり、今の風潮に真っ向から立ち向かわれている姿勢に共感を覚えました。質疑で最初に手を挙げた京都府保険医協会所属の医師の(731部隊の犯罪はなかったとする論での)質問内容、スタイルも、あまりにある世代特有の典型的なもので笑ってしまいましたが、ああいう方々が一流高校、大学を経て、医師をされている現状を思うと寒気を感じました。今の日本がかなり深刻な状態にあることを改めて感じます」「ドイツの医者のように独立した立場で真実を話せる環境にないのは何故なのか? 倫理観の欠如?」
現在「社会と医学」で終末期考える
9月28日に開催された第2講には、38人の受講登録者を含む60人が参加した。
講義1では、「終末期医療をとりまく状況と死の自己決定」をテーマに、ALSに罹患した母親との関わりを著した「逝かない身体」で第41回(2010年)大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した川口有美子氏が、終末期医療と尊厳死問題を講義した。続く講義2では、現代医療を考える会代表で、「医の倫理」実行委員会副代表でもある山口研一郎氏が「現代版ABCC(原爆傷害調査委員会)になりかねない『東北メディカル・メガバンク機構』の危険性」について解説した。
受講者からは、「とてもよい勉強になりました。ありがとうございました。特に、川口様のリビングウイル案は、既存のものと違い、場合によっては、人工呼吸器や経管栄養を希望する可能性もあることや、植物状態からの回復の可能性を探り続けて下さいと書かれているのは、とても画期的なことだと思いました」「川口先生のお話とその後の質疑については、法制化の背景にある政治や経済の論理をしっかりと考えないといけないと思いました。『最後まであきらめずに意思を持つ』より『苦しまずに潔く』というメンタリティの日本人の死生観を、巧みに利用しようとしている側面もあったのだと、改めて、自身や家族の生き方、死に方を考え、話し合っていこうと思いました」「山口先生のTOMMOについてのお話は、神戸の先端医療産業都市構想にベクテル社がかんでいたのは知りませんでした。神戸国際メディカルフロンティアセンターの動きには注意したいです。また、この件だけでなく、今後福島で進むであろう県民の健康や出産に伴う不安を逆手に取るような『利用』に対し、医学界の良心を期待します」といった感想が寄せられている。
未 来(11月23日に予定・要申込)
テーマは「iPSと医の倫理」
この医の倫理ゼミをはじめとした「医の倫理」実行委員会の取り組みは、来年開催予定の日本医学会総会に向けて、日本の医学会が、戦時下医学犯罪を含めた医の倫理に関わる問題について、現代の医療者にふさわしい検討を行い、世界に発信できるレベルでの総括と方向性を打ち出すよう求めることが目的のものである。
そのための学習を基礎に、一般市民も含めた場でのディスカッションを深めたいと考えている。医の倫理ゼミも、その目的で開催している。その門戸は、全ての方に開かれており、否定的な意見を持っておられる方にもぜひ参加していただきたいと考えている。
そして、歴史的な事実についてのまじめな研究、検討に対しては真摯に耳を傾け、確認された事実あるいは確認できない事柄については、そのこと自体を確認し、議論を積み上げていくことにしたい。