求める地域包括ケアの姿とは 開業医の立場から展望  PDF

求める地域包括ケアの姿とは 開業医の立場から展望

 協会は、これまでに開催してきたシンポジウム(1)国がすすめる「地域包括ケア」を考える(11年)(2)住民の暮らしを包括的に支えるケアシステムをめざして」(12年)の到達を踏まえ、あらためて開業医の立場から地域ケアのあり方を展望すべく、シンポジウム「京都の開業医が展望する地域ケア」を5月18日にハートピア京都で開催した。参加者は81人。

終末を在宅で迎えられるという「誤解」―国構想の地域包括ケアシステム

 第1部では、佛教大学教授の岡祐司氏が「地域包括ケアへの『誤解』と再構築」と題して基調講演。国が構想する地域包括ケアシステムは、住み慣れた日常生活圏域で必要なケアを受け、終末を自宅で迎えられるものであるかのような「誤解」を与えている。しかし、実際には医療と福祉を連携させる具体的政策はなく、後退した地域の保健政策を再生させる方針もない。示されている方針は、医療をよりコストのかからない専門職へシフトさせていくことばかりだと指摘した。

 また、地域包括ケアシステムはサービス付き高齢者向け住宅などの「住み替え」を前提にした構想で、自宅に住み続けるものではない。家族や本人の自己責任を前提に、限定された介護提供構想であり、24時間安心してケアを受けられるものではない。なにより、このシステムが想定しているのは大都市であり、地域差、地域特性への視点が欠如しているとした。

 岡氏は、この間の新自由主義改革の影響で、住民が医療を商品としてとらえる傾向が強まっていることを指摘。消費者の立場にいては医療者との共同はかなわない。だれにでも質の高い医療を必要なだけ提供できる仕組みは、個人の経済力で達成できる課題でない。医療は社会的公共的営みであり、政府に生存権として保障させ、社会的責任で支える制度を再構築させることが重要だと述べた。

 地域包括ケアをすすめるなら医療の役割を限定するのではなく、ケアと表裏一体として位置付ける必要がある。また、医療へのアクセスや受診の確保を行うためには、公的責任の追求が必要不可欠。医療者や福祉専門職、そして行政が協力し、どのようなケアの質、生活の質を保障するかが地域包括ケアの中心的課題であり、そうした方針での再構築が望まれるとした。

日々の医師の「思い」知ってほしい ともに皆保険制度守ろうとメッセージ

 第2部のトークセッションでは、京都市内の医師として塚本忠司氏(西京)、京都市外の医師として福知山の吉河正人理事、専門医として渡邉賢治理事(当時)が報告。医院の概要や立地、患者数、日々の仕事、また各地域の特徴や専門科ならではの視点での日常も語った。その後、垣田さち子副理事長(当時)が「国の改革と地域の現実にどう立ち向かうか」、関浩理事長(当時)が自身の事例の報告を交えながら「孤独死を考える」と題して問題提起を行った。

 こうした問題提起を受けて、フロアからは「よい家庭医を見出すには何が大事なのか。日常的な家庭医と国が構想する総合診療専門医についてどう考えればいいのか」「地域の介護力が低下している中で、地域ですべてをまかなう地域包括ケアはどうしたら実現できるのか。また、日本の医療の在宅も含めて、質を守り高めていくうえで、開業医に求められるものは何か」などの質問が出され、活発に意見交換した。パネリストからは、国民皆保険制度があるからこそ開業医は日々、患者さんに向き合い、誠心誠意治療にあたってきた。皆保険制度による保障があったから安心して仕事ができた。しかし、国はその制度を変質させようとしている。そのことを医療者の問題だけで捉えず、国民一人ひとりの問題と捉え、一緒に考えてほしいと訴えた。

 最後に、開業医が展望する地域ケアまとめの提言が報告され、シンポジウムは終了した。

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