新連載 裁判事例に学ぶ医事紛争の防止  PDF

新連載 裁判事例に学ぶ医事紛争の防止

理事 宇田憲司

 前回は「医療事故の防止」に関して連載(2008年11月17日2665号から20回)しました。今回からは「医事紛争の防止」を主題に、日本臨床整形外科学会医療安全倫理委員会がJCOAニュースに要約掲載した判決に加筆・書きおろし追加などして会員の医療安全活動に資する客観的・正確な情報の提供を行います。医療の安全確保の参考に是非ご活用下さい。

診療情報の利用・提供は何のため誰のためにあるか?

 2002年8月14日、A社の従業員女Xはかがんで下を向き荷造り作業中にプラスチック製空箱が頭部に落下し、頭部打撲・頸椎捻挫を受傷し、近医受診した。吐き気、頭痛、首の痛みが回復せず、9月13日Y1整形外科病院のY2医師に転医し、翌年10月他院でMRI検査を受け、04年4月30日最終診となった。同年2月母親の世話に帰省して転医し、05年4月労災障害等級9級の認定で、7月A社に損害賠償を求め提訴した。

 A社は裁判所を通じてY1に診療録およびレントゲン検査・MRI検査記録の送付を嘱託して入手し、診療録の写しを証拠に提出した。06年3月の準備書面に「MRI所見からは、Xの症状は頸椎の脊柱管の狭窄症およびC4/5/6左の椎間孔の制限などに起因する」と記載した。また、A社は診療経過一覧表の作成を裁判所の指示と伝え、Y2から診療録の内容説明を得て作成し、更に主張を裏付ける医師意見書を求められY2に執筆依頼したが断られ、担当者が聴取して「箱が当たったのは頭部で頸部ではなく、Xの上記症状の発症は想定しにくい」、「C4/5/6に頸椎ヘルニアがみられ、これはXの固有の加齢変化に起因し、症状の原因である」との意見を含む草稿をまとめ、06年6月8日付け署名押印を得た(報酬授受なし)。

 そこで、Xは、同意なく診療情報をA社に提供した秘密漏示(医師:刑法第134条1項等違反、病院:個人情報の保護に関する法律第23条1項違反)を理由に、Y1・Y2に慰謝料500万円を請求して提訴した。

 裁判所は、医師は診療過程で患者の秘密を知り得るが、法律上正当な理由なく漏示してはならないとしたが、裁判所からの文書送付嘱託による提供は「法令に基づく場合」(法第23条1項1号)で本人の同意は不要とした。しかし、診療経過一覧表や意見書の作成は、裁判所のY2への指示ではなく、Xを害する意図や虚偽の記載と認められないが、Xの同意なく情報提供したもので、信頼を裏切られた精神的苦痛への慰謝料にY1・Y2連帯して100万円の支払いを命じた注)。

 なお、整形外科専門医の立場からすれば、頭部への衝撃が頸部に影響を及ぼさなかったとする意見は誤りと考えられる。

 注)さいたま地裁川越支判平22・3・4、判例時報2083号112頁、京都保険医新聞2478号主張参照。同ニュース122号より。

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