新理事随筆・忘れ得ぬ症例 気軽に相談できる関係の大切さ
保険部会 森 啓之(伏見)
現在、私の診療所では、看護学生の実習を行っています。この時に全員にまず教えていることは、患者さんが来院した場合、真っ先に行うことは、重症患者を見逃すなということです。「顔色が悪くて元気がない、という児は、ろくなことがないよ」「こうした児はたとえ待ち時間が1時間後であっても、すぐに処置室に入れ、バイタルサインを評価して、すぐに対応すること」と、エラそうに説明しています。それがまさに自分の身につまされる経験になるとは…。
それは生後3カ月の男の子でした。1週間前に胃腸炎症状で受診しており、症状は治まりかけていたのですが、前日夜より再び嘔吐しはじめたというのです。見ると、たしかに顔色がやや不良で、少し元気がない、何か様子がおかしいとの印象でした。
診察では、意識・呼吸・循環全て異常なし。低血糖かもとチェックするも血糖値は正常でした。私はこうした腸炎の後は、腸重積症の合併をつねに念頭においているので、丹念に腹部を触診したのですが、それらしい腹部腫瘤は触知せず。肉眼的血便もなく、どうも決め手に欠く状態でした。
「何かおかしい。でも、これ以上調べるのはやりすぎか」と思い、「少し顔色が悪く、元気がないのですが、まだ重症というほどの所見はありません。様子を見ましょう。嘔吐が続いたり、血便があるとか、急に泣き出したり治まったりを繰り返す場合は連絡してください」と説明した後、ふだんは言わない一言を付け加えました。
「1時間後でもかまいませんから」と——。
そしてこの言葉が、患者さんを、そして自分を救う一言となったのです。
帰宅して2時間後、患者さんから本当に連絡があったのです。「先生、やっぱりおかしい。急に苦しそうに泣きだしたり、ぐったりしたりを繰り返しています」とのことでした。「お母さん。それは腸重積など何か重症な病気かもしれません。もう一度診療所に来てください。大きな病院を紹介します」と伝えてすぐに来ていただきました。
結果は、腸回転異常症から中腸軸捻転を合併し、腹部エコー検査で腸管内に血流信号がまったくなし、というものでした。そのまま大学病院で緊急手術となり、腸管も壊死することなく助かりました。その男の子は今も元気で、通院してくれていますが、もしあの時お母さんがこちらに遠慮して連絡してくれなかったら、と思うと患者さんが何でも気軽に相談できる関係というのは、本当に大切だと学びました。