新理事随筆・忘れ得ぬ症例 日々向き合う患者さんすべてが忘れ得ぬ症例
政策部会 辻 俊明(西陣)
今から20年ほど前、私が30歳代の勤務医であった頃、先輩の先生から教えられたことがある。それは医師の心構えであるが、「20歳代の医師は疾患部位を治し、30歳代になると疾患部だけでなく体全体も治す。40歳代になるとその人の社会的背景も含めて治療する」というものであった。
若い頃は、知識、技術をまず習得すべきで、それに大きな時間、エネルギーが費やされる。そして治療方法の選択肢がふえてゆくと、体全体のバランスの中で治療できるようになり、最終的には患者さんがそういう状況に至った過程、背景も含めて物質的、心理的な治療をすることができるということであろう。20歳代の若者にあれもこれもと要求するのは酷である。しかし経験を積み、事の本質を見極めながら年齢を重ねてゆくことは医師自身の進歩であり、楽しみである。そのとき医師は患者さんを癒し、同時に患者さんによって癒される。与え、与えられる。自もなく他もなく、ライプニッツの言う「包みつつ包まれる」世界が実現する。目指すべきは、そのような状況であろう。
医療、文化、芸術など、人間の活動を掘り下げてゆけば、共通の目的に近づいてゆく。それらは、人間の幸福をより多く実現するための手段であるという共通の認識に至る。このベクトルを離れては、何人も幸福になることはできない。自分はどのような手段を用いてそれを達成するかが問題となる。我々は医療の分野で、それが試されている。
日々の生活で経験する些細な事柄、出会う人、目にうつる風景、すべてはメッセージであり、何かを伝えている。楽しいこと、嫌なことすべて私たちを高めてくれる。日々出会う患者さんは、すべて示唆に富んでいて教訓的であり、従って私にとって目の前の患者さんは、皆さん忘れ得ぬ症例ということです。