新理事随筆・忘れ得ぬ症例 子どものちからは充ちる
総務部会 有井悦子(左京)
子どもの心身のしんどさ、不登校をはじめ集団生活の困難、家庭内暴力等の診療を30年あまり続けてきて、どの子もみせる“ちからの充ちよう”はお伝えせずにはいられません。
小学3年のときから繰り返しいじめられ、6年生で不登校になり来院した男児はその典型例で、現在大学院2回生です。主治医にとっては勿論、先が見えずに苦悩する多くの親子に、了解を得て紹介させていただく希望の星です。
心的外傷の要因から離れ安全を保障して、はじめは登校をドクターストップにすると、患者さんは回復していきました。親は子どもと近すぎる上に将来への不安が募り、子どもの様子がわからず想像力が働きにくいので、子どものしんどさを伝え、親の労をねぎらってから、焦らず、家を安心できる居場所になるよう努めていただきました。
いじめた子を避けて中学受験を決めたにも拘らずゲーム三昧の子どもをつい責める親に、判っていても勉強が手につかない苦しさを伝え、本人に任せてもらうと、追い込みを奮起でき合格しました。中学入学後、クラスのざわつきといじめで、過換気、摂食困難、昼夜逆転等が出現し、2年生から再び不登校に。
生活習慣や外出が難しくなりましたが、親が焦らないよう小さな希望の芽を示していると、単位制高校への進学を自ら選択しました。
通学の苦しさで眠れない中、学業と労力の要る熱帯魚の世話を両立させ、自ら選んだ学校は無欠席で通わせました。
魚の研究に魅かれ志望校を決め、合格したら苦手だった電車を3〜4回乗り換え、片道2時間の大学に通いました。学生食堂で人と摂る昼食に苦慮しましたが、研究の自信が深まると、4回生で初めて参加したコンパは、終電を逃すほど面白く、ゼミの旅行も愉しめました。
卒論が優れていて、卒業式で学部長賞を受け、特待生として大学院で世界的研究を続けています。
この方はとりわけよい経過ですが、考えや思いを聴き、望む環境を整え、親が“大切に思っている”と伝え続けることで存在の自信を培い、好きなことと出会い、努力してちからを蓄え、発揮することをどの子も教えてくれます。特に、発達特性がある子どもの生きる困難は甚だしいのですが、手立て次第で目覚ましい“ちからの充ちよう”をみせます。
子どもにとって虐待など親の今が厳しいときは、まわりの大人が倦まず、誠実に思い続けることが、“ちからの充ちよう”を実現します。
傍らに在る喜びを享受する診療医の裾野が拡がるには、労に見合う診療報酬が火急のこととして望まれます。