政策解説 医療・介護分野を「数少ない成長分野」とみる財界 専門性にもとづく営利化批判を  PDF

政策解説 医療・介護分野を「数少ない成長分野」とみる財界 専門性にもとづく営利化批判を

「医療・介護サービスの生産性改革」とは

 公益社団法人経済同友会が公表した提言書「医療・介護サービスの生産性改革を」(2014年6月24日)は、題名をみるだけで、私たちと彼らの間にある埋めがたい溝を感じずにいられない。同提言はその題名どおり、「病院や介護施設を中心とする医療・介護サービスの生産性向上」をテーマにしている。しかし「生産性」とは何のことか。提言はそれを「主に病気の治癒、利用者のQOL等の受益者のメリットに対する必要な費用」と一応定義しているが、腑に落ちる説明とはいえない。読み進めると彼らのいう生産性は「効率性」に置き換えることができそうで、そうかと思えば「利潤を上げること」ともとれなくない。恐らくそのあたりが「生産性」という言葉にこめられたメッセージであろう。具体的な記述をみると、それがわかってくる。

生産性向上のインセンティブとは

 提言は、医療・介護サービスの市場規模は国内約38兆円、グローバル市場で約430兆円(医療のみ)という「数少ない」成長分野である。にもかかわらず「公定価格※1、供給調整※2」によって、自由な競争が保障されておらず、「計画経済的な規制環境下」で、「生産性向上のインセンティブ」が働かず、「小規模のプレイヤーが多数併存する分散市場」だと批判。「市場の成長が見込めるとともに、産業化を通じた生産性向上の余地が大きく残された分野」であり、「生産性改革」と「社会保障費増加抑制」を進めることは不可避と述べる。
 その改革に向け提言が示す「突破すべき四つの構造的課題」は次のようなものである。
(1)特定法人(公的・公設病院、社会福祉法人)に対する補助金・優遇税制がある。
(2)国際的に進展するサービス事業者の規模拡大の動きに取り残されている。その原因は、「法人間の再編・統合を可能とする経営形態が存在していない」こと、「規模拡大を後押しするインセンティブの仕組みがない」こと、「経営効率化を推進する保険者ガバナンスの活用の仕組みが希薄」だからである。
(3)「生産性の低い事業者の退出・集約化が進みにくく、生産性の低い小規模事業者が乱立した状況が温存されやすい」「公定価格が護送船団方式」の役割を果たしている。
(4)利用者と事業者の間の情報の非対称性(利用者側が適正なサービスを充分に判断しがたいという市場構造)である。
 以上の構造問題を突破すべく、提言は「経営と医療情報の徹底開示」「民間営利法人ではサービス提供できない地域等を除いて、社会福祉法人への優遇制度を縮小/廃止し、民間営利法人とのイコールフッティング※3を実現」せよと述べる。さらに、民間営利法人も連携・統合できる大規模事業体の実現や、その大規模事業体が「保険者ガバナンスを活用できる仕組み」の構築さえ要求する。加えて、「生産性の低い事業者の退出(廃業)と集約化」、「質の担保策」を導入し、「医療・介護サービス品質の見える化」で、とりわけ介護サービスについては「品質評価指標」を確立し、介護報酬の支払いにも活用せよという。

鮮明に顕れた彼らの思考形態

 何とも乱暴な主張だが、逆に財界の本意がよく顕れた提言ではある。
 従来、社会保障制度や労働法制、あるいは農業政策は、数々の「規制」が存在してきた。市場競争が人々の生命や暮らしを脅かさないための保護的規制である。国家にとって保護的規制とは、国民の生活改善要求を抑え、国民を国家に糾合していくための「社会統合装置」でもある。ある意味では、これが機能してきたからこそ、日本は経済大国になることができた。しかし、いわゆる経済のグローバル化は、財界がその機能を「弊害」と見做す状況を生み出した。企業は国際的な競争力強化を求められ、一方で従来のような形では国内での労働力確保を必要としなくなってきた。国民を保護する規制はすべからく自由競争の敵であり、その解除が求められるようになってきたのである。
 その要求に沿って進められているのが「新自由主義改革=構造改革」なのである。
 構造改革路線の貫徹を求める立場からみれば、医療・介護分野を市場として開放しないこと自体が不自然であり、理解不能なのかもしれない。
 つまりこの提言書は、人々の生命や健康を支える国家の役割を際限なく市場に委ねさせる(=産業化する)ことに、一片の迷いも生じない彼らの思考形態が鮮明に表れたものといえるだろう。

非営利ホールディングカンパニー型法人構想を通じてねらわれる市場拡大

 恐ろしいことは、提言にある「大規模法人」設立要求が、「地域医療連携推進法人」(非営利ホールディングカンパニー型法人構想)の名で、今国会で法制化されようとしていることである。もちろん、彼らの求めるとおりにすべての事態が進んでいるわけではない。厚労省の「医療法人の事業展開等に関する検討会(座長・田中滋慶應義塾大学名誉教授)」がまとめた報告は、非営利性の担保が強調されており、財界の要求と一致してはいない。ただし、傘下法人への営利法人参加は許されないが、関連事業を行う株式会社への出資は、例えば株式保有割合100%の場合には認める方向が打ち出されている。さらにこの「出資」は、地域包括ケア推進を条件としている。これは、非営利ホールディングカンパニー型法人制度創設を通じて、地域包括ケアシステム構築に対して財界が抱いている思惑に、一定の「了解」を与え得るものと言えそうである。

経済産業省・次世代ヘルスケア産業協議会の企み

 経済産業省は2013年、「次世代ヘルスケア産業協議会」を立ち上げた。
 これは、アベノミクスに基づく「成長戦略(日本再興戦略)」や「健康・医療戦略」で規定されたもので、「健康寿命延伸分野の市場創出および産業育成」のため、「官民一体となって具体的な対応策の検討を行う場として」設置されたものである。
 委員は座長・永井良三氏(自治医科大学学長)ら、数人の医師が参加する一方、経団連や株式会社テルモ、オムロンヘルスケア株式会社等、いわゆるヘルスケア産業の担い手たちが名を連ねている。
 同協議会は14年6月に「中間とりまとめ」を行い、そこで「慢性期医療にかかる費用を、公的保険外サービスを活用した予防・管理に大胆にシフト」し、「国民の健康増進・医療費削減・新産業創出の一石三鳥の実現を図る」と打ち出した。
 同時に、地域経済・コミュニティの活性化のために、地域包括ケアシステム構築の一方で「公的保険外サービスに対するニーズ」を拡大し、「地域の経済活性化と医療費削減」を両立させると述べている。

「公的保険外」の範囲は拡大し得る

 周知のとおり改正介護保険法は、要介護認定で要支援と判定された被保険者に対する介護予防訪問・通所介護を保険給付から除外し、保険者の実施する「地域支援事業」に新設する「新しい総合事業」へ移行する。新しい総合事業では、従来サービスより緩和された基準、必ずしも専門性の問われないサービス提供主体による「多様なサービス」が提供されるという。これ一つとっても、ビジネスチャンスの拡大といえる。
 特に介護保険制度は保険で給付するのか、それとも「公的保険外」なのかの範囲を、要介護認定等を使って国がコントロールしやすい制度である。「生産性の向上」を求める勢力は、無制限に公的保険範囲の縮小を求めるだろう。それが介護のみならず医療における公的保険外拡大が目指されない保証はない。
 今、同協議会は「地域でのヘルスケアビジネス創出」の具体化方策を、6月にも策定される予定の新成長戦略へ盛り込むべく、「新事業創出WG」を設置して協議中である。標的は「地域」であり、地域の医療・介護関係者を「糾合」した「地域版協議会」を創設し、「地域の実情に応じた」ビジネス展開推進を狙っている。
 以上のように、大規模法人構想には地域包括ケアを利用した営利事業展開も盛り込まれているのである。

専門職の専門性から営利化・産業化批判を

 今日、地域での医療・介護連携の確立や、住民が主体的に地域福祉を構築することは重要課題であることに異論はない。時には、いわゆるヘルスケア産業の力も借りることはあるかもしれない。
 しかしどのような場合でも、地域住民を支える中軸のサービスは「公的な給付」であるべきだ。ヘルスケア産業や「住民の助け合い」を中軸とした医療・介護サービスなど、社会保障制度とは呼べない。ましてや、市場拡大のために公の担う範囲の縮小を国自らが進めることなど、決して許されてはならない。
 地方自治体には、戦後70年の間に培われた公衆衛生施策の伝統があり、専門職としての蓄積のある医師がいて、保健師らもいる。福祉分野にも、介護保険制度創設前から地域福祉を担ってきた人々がいる。
 専門職者が専門性に基づき、営利化・産業化批判を行うことが求められている。
 専門職者は、なぜ医療や介護を市場の食い物にしてはならないのかを、患者・住民の現実から知っているほとんど唯一の存在だからである。
※1 例えば診療報酬を指すものと考えられる
※2 例えば都道府県医療計画における基準病床数管理を指すものと考えられる
※3 双方が対等の立場で競争が行えるように、基盤・条件を同一にする

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