政策解説「新専門医制度」問われるオートノミー 崩れる地域医療  PDF

政策解説「新専門医制度」問われるオートノミー 崩れる地域医療

厚労省の部会 「実施延期」求める声で紛糾

 2月18日、厚生労働省の社会保障審議会・医療部会(部会長=永井良三・自治医科大学長)で、「新専門医制度」が議論の俎上にのぼった。複数の委員から「開始時期の延期」を求める声が相次いだという。参考人として「制度」の準備状況を説明した一般社団法人日本専門医機構の池田康夫理事長はすでに研修プログラムの申請が開始されており、「混乱は避けたい」として予定どおり2017年からの研修スタートに理解を求めた。永井部会長は「影響が大きいので、今後も引き続き議論したい」と、医療部会の下に「専門医制度専門委員会」を設置し、議論を深めることを提案し、了承された※1。

 昨年末から年明けにかけて、「新専門医制度」の実施延期を求める声が俄かに出始めていた。15年12月9日には一般社団法人日本病院会が「日本専門医機構のあり方について(要望)」を機構に対して提出。「開始時期を遅らせる判断を」求めた。同会の末永裕之副会長はm3.comのインタビューに対し、「大学医局」復権を懸念するコメントを寄せている。

 16年1月19日には国立がん研究センター堀田知光理事長が、やはりm3.comのインタビューに答えて、次のように述べている。「研修プログラム制を導入した点が、我々としては引っかかるのです。プログラム制は、大学などの基幹施設が中心となり、関連施設を束ねて、研修施設群を構成するやり方。そこに専攻医を囲うことになるので、我々ナショナルセンターとしては少し動きにくいわけです」※2。

 さらに、日本医師会も声をあげた。横倉義武会長は2月17日の記者会見で「現状のまま改革を進めると、地域医療の現場に大きな混乱をもたらすことが懸念される。新制度が地域包括ケアシステム構築の阻害要因になってはならない」と述べ、延期も視野に入れた対応を主張した※3。

 日本医師会は他ならぬ、機構の社員であり、前出の末永氏も機構理事を務めている。いわば延期論は身内からの発信であり、機構内で検討されて然るべきものが、機構の外へ溢れ出した。社会保障審議会という厚生労働省設置法第7条を根拠とした公的な場の議題となったことの意味は重大である。「新専門医制度」創設の起点となった厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会報告書」は、「新たな専門医の仕組みは、プロフェッショナルオートノミー(専門家による自律性)を基盤として、設計されるべきである」と述べ、現実の制度設計は専ら新たな第三者機関である機構が担ってきた。

「新専門医制度」構築作業の現段階

 機構の池田理事長が述べるまでもなく、すでに「新専門医制度」に向けた準備はすべての医師・すべての自治体を巻き込む形で進んでいる。

 機構は、2017年から新制度による新専攻医の研修を開始し、2020年に新制度における専門医認定開始を目指して準備を進めてきた。

 スケジュール的には※4、15年までに19の基本領域の「基本研修プログラム(PG)整備基準」「モデル研修PGマニュアル等」「更新の新基準」を策定する。地域では「基幹研修施設」が設けられ、各々が「研修PG」を構築する。さらに、「指導医資格の基準策定」と「新制度の開始に向けた暫定処置の検討」に着手している。

 また、16年は既存学会認定専門医の新専門医への「切替更新」「指導医講習」実施、「サブスペシャルティ領域の検討」、そして現在2年目の初期臨床研修医に基本領域PGが提示され、専攻医登録開始まで漕ぎ着けねばならない。

 こうした作業進捗を詳細に把握することは難しいが、概ね次のような状況のようだ。

 まず、基本領域の研修プログラムは19領域すべてが出そろった。

 モデル研修プログラムは18領域で公表された。総合診療科については、「しばしお待ち頂けますようお願いいたします」と機構ホームページにある。

 更新の新基準策定については、「個別領域の具体案の策定」にあたり、機構に設置した「領域専門医委員会」へ各領域からの委員が集い、作成中である。「その結果多くの領域で2015年、16年度から機構による専門医更新制度の採用を決定」したという。そして、「更新基準について準備の整った領域から公開を始めており、順次公開数を増やしていく予定」と、ホームページにある。

 「整備指針」「補足説明」では、「新制度完全発足までの新基準に基づく専門医認定の手順」(経過措置)がすでに示されている。これは現在の学会認定の専門医が機構認定専門医へ移行するための措置である。20年まで学会認定専門医は機構基準専門医へ段階的に移行していくのである。

 また、指導医について機構は「指導医は資格ではなく要件である」とのスタンスであり、要件として、専門医取得後1回以上の更新が基本とされている。

 なお、「基幹研修施設」設定やプログラム策定状況についての京都府内の現状については、協会の聞き取りに対し、府医療課は基幹施設・連携施設にペーパーで調査中と回答している。

開業医の不安と中小病院への「とどめ」

 現在、京都府でも基幹研修施設における研修プログラム作成、研修施設群の設定が進んでいる。地域の医師たちにも「制度」の姿が少しずつ知られるようになってきたことで、京都でも懸念の声が聞かれるようになってきた。

 そのうち、開業医から寄せられる懸念は大きくいって二つある。

 一つは、全国で35%いる専門医資格を持たない医師※5にとって「新専門医制度」がどうかかわってくるのか、という問題である。近いうちに専門医取得が「must」※6となる事態は、専門医資格のない医師が、今後何年かの時を経て少数派になり、やがていなくなることを意味する。

 二つめは、学会認定の専門医資格を取得している医師が、「新専門医制度」による新たな資格基準(機構基準)に適合し、スムーズに「機構認定専門医」へ移行できるのか、である。とりわけ、新たに基本領域へ位置付けられた「総合診療科」への現役医師の移行問題は未だに明らかになっていないことが多い。

 病院の懸念も深刻なものだ。「新専門医制度」の研修施設群には基幹研修施設と連携施設がある。全国的に症例数等の新たな要件の導入により、基幹研修施設は大学中心となる公算(中小病院が基幹研修施設になれない)となっている。2004 年度の臨床研修の必修化以降、後期研修に力を注いできた地域の病院への影響、地域医療への悪影響が危惧されるのである。

 この問題こそ2月18日の医療部会で複数の委員が一斉に指摘したことである。

 連携施設になれないともちろん、専攻医が来ることはない。「必要症例数や、研修施設の指導医数などか規定されていることから、若手医師が大きな基幹病院しか回れなくなる。若手医師が中小病院からいなくなり、医療提供体制が崩壊するのではないか」。連携施設に入れても、「症例数が少なければ数カ月しか研修できなくなる。地方の中小病院はとどめを刺される」。また、専攻医の待遇をめぐっても、短期間ずつ様々な経営母体の病院で研修することもあり、身分の不安定化、社会保険や労働条件がどうなるのかとの懸念も示されたのである※7。

 協会の開催した第5回開業医フォーラム(2月7日開催)でも、スピーカーを務めた民間病院長はそれらの不安を表明した。従来、中小病院の多くが自らの地域で果たす役割を自覚し、理念を掲げ、高い誇りを持ち、後期研修を担い、若い医師を育ててきた。「新専門医制度」で懸念される事態とは、即ちそうした努力と、培われてきた各病院の医師養成の理念や仕組みの否定なのである。フォーラムでは、地域医療構想における機能別必要病床数も相まってこのままでは大学病院をヒエラルキーの頂点にした、例えば改正医療法により設立が可能となる(17年度施行)メガ法人・地域医療連携推進法人の傘下に収まる道しか残されないとの声もあがった(フォーラムの詳報は次号掲載予定)。

オートノミーに立ち返って考えることが重要

 協会は早い段階から新専門医制度はプロフェッショナルオートノミーに基づく取り組みとされながらも、国にとっては医療提供体制改革を通じた医療費抑制方策であることを指摘してきた。それは一方で、大学病院を頂点とした提供体制再編を促し、経済成長に資する世界最先端医療の開発を目指すものに他ならない。その一方で、地域には総合診療専門医あるいはかかりつけ医という名のゲートキーパーを配置する。これまで開業医と中小病院が支えてきた地域医療の姿が根底から変質させられかねないと警鐘を鳴らしてきた。

 医療部会の座長である永井氏は「関係者間の調整が十分にできていない中で、制度設計がどんどん進められていた印象」と述べたという。

 機構は、厚労省の管轄した「専門医の在り方に関する検討会」報告書のスケジュールや制度構想にほぼ忠実な形で、猛烈な勢いで仕組みづくりを進めてきた。そもそも、なぜそんなに急がねばならなかったのか?

 医師制度の変革は、医師たちの手によって進める。それは大切な姿勢だ。しかし一度立ち止まって、考えることが必要だった。

 何のための専門医資格なのか?

 「新専門医制度」を本当に求めているのは誰か? 

 何人にも侵すことのできない、守るべき医師のプロフェッショナルオートノミーとは何か?

 そういう基本的な事柄を考える暇もなく、突き進んできた結果が、今日の事態を招いたのではないだろうか。

 社会保障審議会の議論にのぼった以上、以降は国の介入は避けられない事態となる。

 地域医療を担う開業医や勤務医の人生を賭した仕事の尊さやその誇り、そして蓄積を侵すことだけは決して許されない。

〈脚注〉

※1 「新専門医の開始延期も含め検討、専門委員会発足」(m3.com 2016年2月19日)

※2 「堀田知光・国立がん研究センター理事長に聞くサブスペシャルティ「がん専門医」の位置付けも課題」(m3.com 2016年2月27日)

※3 「新専門医制度、『延期も視野』と日医会長」(m3.com 2016年1月19日)

※4 「新たな専門医の仕組みに関する地域説明会」(2015年9月23日・京都開催)当日資料を参照した

※5 日本医師会の小森貴常任理事が第6回医師臨床研修制度の到達目標・評価の在り方に関するWGのヒヤリングにおいて説明した際に紹介した数字である。元データは、「三師調査から厚労省が作成」とのこと

※6 上記、新たな専門医の仕組みに関する地域説明会での千田彰一氏(徳島文理大学副学長)の説明から

※7 「新専門医制度、2017年スタートに暗雲」(日経メディカル2016/2/19)

 

一般社団法人日本専門医機構 社員名簿
平成27年8月4日現在
 名  称 代表者氏名
1 日本医師会  横倉 義武
2 日本医学会連合  高久 史麿
3 全国医学部長病院長会議  荒川 哲男
4 四病院団体協議会  堺 常雄
5 日本がん治療認定医機構  西山 正彦
6 内科診療領域 内科学会 小池 和彦
7 小児科診療領域 小児科学会 井田 博幸
8 皮膚科診療領域 皮膚科学会 島田 眞路
9 精神科診療領域 精神神経学会 武田 雅俊
10 外科診療領域 外科学会 國土 典宏
11 整形外科診療領域 整形外科学会 丸毛 啓史
12 産婦人科診療領域 産科婦人科学会 藤井 知行
13 眼科診療領域 眼科学会 山下 英俊
14 耳鼻咽喉科診療領域 耳鼻咽喉科学会 久 育男
15 泌尿器科診療領域 泌尿器科学会 藤澤 正人
16 脳神経外科診療領域 脳神経外科学会 嘉山 孝正
17 放射線科診療領域 医学放射線科学会 本田 浩
18 麻酔科診療領域 麻酔科学会 外 須美夫
19 病理診療領域 病理学会 深山 正久
20 臨床検査診療領域 臨床検査医学会 村田 満
21 救急科診療領域 救急医学会 木村 昭夫
22 形成外科診療領域 形成外科学会 細川 亙
23 リハビリテーション科診療領域 リハビリテーション医学会 水間 正澄
 
一般社団法人日本専門医機構ホームページより

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