政策解説 経済・財政一体改革にみる底なしの医療破壊
—2015から2035に向けての「改革工程」の全体像—
協会政策部会
骨太方針2015(「経済財政運営と改革の基本方針2015」6月30日閣議決定)による「経済・財政計画」の着実な実行を目指し、経済財政諮問会議が「経済・財政一体改革推進委員会」(新波剛史会長・サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長)を設置し、主要歳出ごとにKPI※1の設定、「改革工程表」作成を進めている。委員会には(1)社会保障(2)非社会保障(3)制度・地方行財政−の分野別にワーキンググループ(WG)が置かれ、検討が進んでいる。社会保障WGの主査は榊原定征氏(東レ株式会社相談役最高顧問)が務める。同委員会は10月16日に中間整理を公表しており、「公的サービスの産業化」「インセンティブ改革」「公共サービスのイノベーション」を中心に置き、国民・行政・民間企業等それぞれの課題を整理した図で「KPI設定の考え方」(図1)を示している。「公共サービスへの需要が抑制されるか」「潜在的なサービス需要が成長につながっているか」等の書き込みから、経済・財政改革を新自由主義改革推進で進めようとする姿勢がみてとれる。
社会保障改革の工程表作成が急ピッチに
社会保障WGは8月28日の第1回会合を開催以降、早いピッチで工程表・KPIの検討を進めている(会議は非公開でその内容は後日「議事要旨」と「資料」が公開されるのみ)。そこで検討される「改革工程」が、10月9日開催の「財政制度審議会・財政制度分科会でまとまった形で示された。同分科会の議事録は公開されており、宇波主計官(財務省)が次のように説明している。「工程表の作業は、経済財政諮問会議を中心に検討されていて、その下に専門調査会と分野ごとにワーキンググループというものが設けられて」いる。「検討の過程で財審の考え方、あるいは議論を紹介することになって」いるため、「建議取りまとめに向け」「工程表策定に向けたご議論」をお願いしたい。
その上で、宇波主計官は、過去3年間の取り組みで社会保障関係費の伸びは鈍化しており年平均1,500億円程度の規模の改革を実施することによって年平均0.5兆円の伸びになっている。これを維持すること、つまり以降3年間、毎年社会保障の伸びを5,000億円に抑制する方針だと説明した。
これを前提にした社会保障の改革工程は7テーマ・44項目に整理されている。それぞれ実施検討時期を明確に設定する改革フェーズがA〜Dに分類されている(図2)。
「主要分野ごとの主な検討事項と工程表・KPIの概要」は、すでに国会成立し、実行段階にある医療提供体制改革・保険制度改革を基盤にさらなる改革内容を志向するものとなっている。さらに一般社団法人日本専門医機構の進める「新専門医制度」を前提とした改革内容も目につく。
以下、主な項目の概要を紹介する。なお、括弧内のアルファベットは「改革フェーズ」分類である。
医療・介護提供体制の適正化
・地域医療構想と整合的な「都道府県医療費適正化計画の早期策定」「具体的な目標の設定」(B)
・入院医療だけでなく「外来医療費の適正化」に向け、「外来医療費の地域差等の要因の分析」「医療費適正化計画への反映等を通じた『不合理な地域差の解消』」(B・D)
・療養病床の地域差是正に向けた診療報酬上の対応(A・D)
・高齢者医療確保法第14条に規定された都道府県別の「特例診療報酬」の運用ガイドラインの策定、病床機能別診療報酬、民間医療機関に対する転換命令等、医療保険上の指定に係る都道府県の権限の一層の強化(C・D)
・かかりつけ医普及の観点からの診療報酬上の対応(28年度報酬改定)、かかりつけ医以外を受診した場合の「定額負担」(29年通常国会に法案提出)(D)。
インセンティブ改革
・都道府県化された国保への財政支援として導入される「保険者努力支援制度」(700億〜800億円)で「真に医療費適正化に資する指標」の設定等(D)
・適切な受診行動促進に向け、ヘルスケアポイントの付与や現金給付、保険料の傾斜設定の実施(B)
負担能力に応じた公平な負担、給付の適正化
・介護保険、後期高齢者医療制度における利用料・一部負担金を原則2割化(D)
・介護保険軽度者に対する生活援助の原則自己負担(一部補助)化(D)
・福祉用具貸与・住宅改修の原則自己負担(一部補助)化(D)
・要介護1・2認定者の通所介護サービスの地域支援事業化(D)
・公的保険給付範囲・内容の適正化で、スイッチOTC薬の保険償還率引き下げ。OTC類似医薬品の保険給付外化(C・D)
・医薬品や医療機器の保険適用に際しての「費用対効果評価の枠組みの導入」(D)
念のため書き添えるが、以上に紹介したのはほんの一部の概要に過ぎない。財政制度分科会の資料は多岐に亘る医療制度の新自由主義改革メニューの羅列である。財務省サイドが財政規律を強調し、医療・社会保障原則への認識を欠いたまま抑制策の練り込みや制度設計の組み換えに奔走すること自体は、今更驚くに値しない。問題は経済財政諮問会議のような国民や医療者の意見を代表するものではない審議体に、社会保障分野の政策決定過程の中枢が預けられていることだ。
重大局面に問われる保険医運動の真価
医療・介護総合確保推進法(14年)も医療保険制度改革関連法(15年)も、国会審議が十分になされず、瞬く間に成立した。国にとって、経済財政諮問会議や財政制度審議会、産業競争力会議や規制改革会議で確認されたことはすでに決定済みで実施対象事項であり、国会審議はみそぎ程度の意味しかない。今や、社会保障に限らずすべての閣法が同様の手法で成立している。思えば安保法制強行採決もそのプロセスは類似している。こうした状況下では、厚生行政を司る厚生労働省の良識ある官僚たちからの反論や抵抗を期待したいところだ。
しかし厚生労働省の立ち位置もきわどい。
厚生労働大臣の諮問機関が6月に公表した「保健医療2035」は国民皆保険制度を根底から覆すものだ。これが同省の総意で進められていると信じたくはないが、残念なことに同省は厚生労働事務次官を本部長に据えて、自ら推進本部を設置し、その実行に向けた検討を進めている。その第2回会合(9月24日)で「保健医療2035実行プラン(工程表)」が示された。
こちらの工程表には、「骨太の方針・成長戦略の記載の有無」という欄がある。120項目の施策のうち、少なくない項目が骨太方針等に記載されているのがわかる。提言書が6月に出された時からわかってはいたが、「保健医療2035」と「骨太方針」や安倍政権の成長戦略とは高い親和性があるということだ。
こうしたことから、医療者と国民の共同が誕生させた国民皆保険体制を、その内実から今後
も守りぬくことができるかどうか、極めて重大な局面を迎えていることがわかる。医療の担い手である保険医運動の真価が、今問われている。
※1 key performance indicator 重要業績評価指標
図1 経済・財政一体改革推進委員会中間整理より
図2 経済・財政一体改革推進委員会中間整理・社会保障(1)より