政策解説 保険医定数制導入・自由開業制見直し論が俎上に
国にとっての「かしこい支出」(ワイズ・スペンディング)を目指す「見える化」政策
今回の談話が批判した「保険医定数制」や「自由開業制見直し」は、すでに「新専門医制度」の混乱を収拾すべく厚生労働省社会保障審議会医療部会に設置された「専門医養成の在り方に関する検討委員会」や「医療従事者の需給に関する検討会・医師需給分科会」で論点提示されていた。それらはいずれも医療者サイドから発せられたものであり、今回厚生労働大臣自ら検討を表明したことは、「医師に対する規制」導入に向けたプロセスが新たな水域に入ったことを意味する。
医師規制策に踏み込んだ一歩
今回の塩崎発言や各検討会の論点提示は、いずれも同様に「医師・診療科偏在」の解消を根拠とする。偏在解消は解決すべき課題だが、立ち止まって背景をみれば、その危険性が浮かび上がる。
5月18日、安倍政権の骨太方針2016の(素案)が公表され「医師については、地域医療構想等を踏まえ、規制的手法も含めた地域偏在・診療科偏在対策を検討する」とこちらにも明記された。
そこに次のような言葉がある。
「『見える化』の更なる深化とワイズ・スペンディング」(※編注「賢い支出」)。
昨年(15年)の骨太方針以降、安倍政権は「経済・財政一体改革推進委員会」を立ち上げ、日本経済が「デフレからの完全脱却」を果たすための「大胆な改革」のための「仕掛け」として、「見える化」を通じたワイズ・スペンディングなるものを提起してきた。
彼らの主張は、お金(=公的財源)の使われ方(インプット)と、お金を使った結果生み出された成果(アウトプット)の見える化を進め、公費投入による政策効果を、都道府県や基礎自治体、保険者等の単位で比較すれば、ワイズ・スペンディングの徹底が現場から要請され、ボトムアップの改革が進められるというもの。その結果、経済的に非効率な分野では「新しい手法や主体におきかえ」られ、「アウトカムにおいて新しいプレイヤーの登場を促」し、リターンの大きい政策に公費投入が重点化される。これが「見える化」を訴える彼らの思想であり、それが医療分野に持ち込まれると何が目指されるかは明らかではないか※。
「見える化」であぶり出される「医療の非効率性」は本当か?!
「データ分析・推計により、各都道府県の2025年の医療機能別需要と病床の必要量を『見える化』」「NDB分析により、各都道府県の受療率・一人当たり日数・一日当たり点数等の地域差を『見える化』」することで、あたかも地域差は医療におけるアウトカムのプレイヤー(医師や医療機関)の非効率な在り方(存在様式?)によってもたらされているかのように描き出されるのである。
つまり、地域医療構想における医療需要推計、そこから割り出した必要病床数や必要医師数推計は、典型的な「見える化」作業である。しかし、レセプトデータで「見える化」したデータは、地域医療の現実そのものではない。ただの数字である。例えば一人当たり医療費の地域差が見せているのは、ただの医療に要した金額の差に過ぎない。そこから医療提供体制に無駄があることや、当該地域の医師の専門性が高い低いということを導き出せるはずがないのである。地域医療の現実は数字の中に存在しているのではなく、地域に暮らす人たちや自治体の職員、あるいは医療者自身が日々を生き、体験することの中にしか存在しない。
にもかかわらず地域差を根拠に、そこに何かしらの非効率性があるかのように描き出し、医師や病院の在り方を転換する(たとえば、医師数を地域別に制限し、地域差を解消する。あるいは「総合診療専門医」や「地域連携推進法人」などといった新たなプレイヤーを登場させる)。その結果、国にとっての「かしこい支出」がもたらされる。これが「見える化」政策の本性であり、あくまで医療にかかる公費の縮小と、振り向け先の変更によって成長産業化を進めるためのものに過ぎない。
今回、厚労大臣が経済財政諮問会議という場で保険医定数制や自由開業制見直しにつながる政策の検討を表明したことは、生命と健康を守る医療政策が経済政策に従属しつつある今日の厚労行政の側面を覗かせるものといえるだろう。
※こうした記述は「経済・財政再生アクション・プログラム—“見える化”と“ワイズ・スペンディング”による『工夫の改革』」—(2015年12月24日経済財政諮問会議)