改訂版 医療安全対策の常識と工夫(74)  PDF

改訂版 医療安全対策の常識と工夫(74)

時にこう言われます。「医者である前に人間でしょう?」

 医事紛争が発生すると、医療機関側は京都府保険医協会と協力して、その因果関係をはじめ医学的調査を開始します。その過程において、あるいは賠償責任がないと判断された後に、患者さんが納得されないことも多いと予想されます。患者さんは医療機関側に賠償責任までは問えない理屈を理解したとしても、それを受け入れることができず、クレームを言い続けることがあるのは、すでに紹介しました。

 そのクレームは医師によっては、精神的に大きな動揺をきたしかねない場合もあります。

 「結局のところ、先生の言うことは現状無視の屁理屈だ。先生は医者だけど、その前に人間でしょう? 人としての良心はないんですか? 何も感じないの?」と、時に患者さんはこう言ってきます。ただでさえ、医師も自分の行った治療の結果について、患者さんに申し訳ないと思っていることでしょうから、この言葉は予想以上に重くのしかかってくることがあるそうです。

 そのような場合に協会は、あえてこう助言させていただきます。「どのようなことが起こっても、医師は患者さんの前では常に医師です」

 医師である前に人間だということは、世間的にはある意味で当然のことなのかもしれませんが、医事紛争に関わる場合のこの言葉の意味とは、すなわち「医療・医学を超越して判断しろ、法律も関係ない」ということと、ほぼ同義です。違う言い方をすれば賠償責任なんてどうでもいいから(無過失)補償しろ、と表現できるでしょうか。もちろん、(無過失)補償そのものを否定するものではありませんが、繰り返しお伝えしているように、(無過失)補償の概念とは医療の不確実性や予見不可能性を考慮せずに、結果責任を取るということです。

 それこそ神でない人間である医師が、はたしてそのような責任を取りきれるものなのでしょうか?

 次回は、医事紛争に深く関わる賠償と補償の違いについてお話しします。

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