抗議文「指導監査部門に警察庁や警視庁からの出向を受け入れる」提案を行った医療指導管理官の適格性を問う
協会は9月14日、理事会において以下の厚労大臣宛抗議文を決定し、15日の厚労省交渉で保険局医療課長補佐に直接手渡した。
「指導監査部門に警察庁や警視庁からの出向を受け入れる」提案を行った医療指導管理官の適格性を問う
厚生労働大臣 長妻 昭殿
2010年7月22日、厚生労働省が全職員を対象に実施した「政策コンテスト」において、現職の医療指導管理官による「保険医療指導監査部門の充実強化」の提案(以下、「向本提案」)が二次選考の対象となった。その内容は、「悪を正し刑罰(行政上の措置)を課す点において共通点がある」ことから、指導監査部門に「犯罪捜査のプロ」である警察庁や警視庁捜査第二課から出向者を受け入れる、というものだ。
この健康保険法における指導(第73条)、質問・検査(第78条)を、「刑罰を課す」ための「取り調べ」と同一視した提案を行った向本時夫医療指導管理官に対して、我々保険医は驚きと怒りを持って、その適格性を問うものである。
指導・監査の歴史を振り返れば、1950年代前半、監査が盛んに行われ、保険医の自殺者が続出したため、厚生省は監査一辺倒の傾向を改めるべく、1954年に「指導大綱」を通知。「指導は社会保険医療担当者の療養担当規則及び点数表に定めるところを周知徹底させることを主眼とする。(中略)懇切丁寧に懇談、指導を行う」とした。1960年3月、厚生省は全国技官会議「説示指示」において、「行政当局としては、まず間違いを起こさないような親切があって良い。それが指導であり、一罰百戒主義を改める」とした。現行「指導大綱」でも、指導は「保険診療の取扱い、診療報酬の請求等に関する事項について周知徹底させることを主眼とし、懇切丁寧に行う」とされている。
しかし、今回の向本提案は、健康保険法第73条で質問・検査権を与えられていない指導も含めて「取り調べ」と断じるとともに、「刑事事件と異なり強制調査権はないが、事実を聴取し処分するといった点で共通」として、指導・監査をシームレスな手順と見なしている。これは成田歯科医師による国家賠償請求訴訟の国側準備書面で明らかになった、「個別指導は、違反行為を是正するための行政指導を行う場合であって、監査に先立って行われるもの」という、厚生労働省の現在の認識をより強調した考えだが、被指導者の任意の協力のもと「懇切丁寧に行う」べき指導を、監査の事前調査としか認識していないのは明らかであり、これは健康保険法第73条及び行政手続法の違反である。
また、監査についても、健康保険法第78条第2項において、質問・検査権を「犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない」と明記されているにも関わらず、向本提案は監査を刑事事件の取り調べと同一視しており、これも法に違反している。
これらは向本提案が法令順守の立場を逸脱していること、厚生労働省の指導・監査部門のトップ周辺が、保険医療機関を犯罪者集団であるかのように認識していることを意味しており、我々は看過できない。
さらに、近年、厚生労働省は保険診療が「公法上の契約に基づく契約診療である」という認識の下、「保険診療では、『知らなかった』とか『認識不足』など認識していたか否かは関係なく不正として扱う。また、過失であっても定められた診療行為によらなければ不正である」と、不正請求の定義を変化させている。これに固執すれば、全医療機関が算定ルールを完全理解し、完全対応しない限り、厚生労働省のいう「不正」は無くならないことになるが、診療報酬の算定ルールは中医協答申を経ていない医療課長通知及び事務連絡(Q&A)により年々複雑化しており、カルテ記載の必要な点数も増えている。加えて厚生労働省は個別指導の年間8000件実施を方針としている。
このような状況下で、向本提案が行われたことは、全ての保険医・保険医療機関に対する「牽制」「脅し」以外の何物でもない。これでは、ますます保険診療の現場は委縮を迫られ、患者が受ける「療養の給付」の内容にも影響が出る。
以上の理由から、我々保険医は、貴職に対して、向本時夫保険局医療指導管理官の公務員としての適格性を問う。また、向本提案を絶対に採用しないこと、省内に存在する向本提案を評価する基盤や、保険医療機関への偏見を払拭すること、1960年3月の全国技官会議「説示指示」を基本とし、指導大綱の「第2 指導方針」に書かれた「懇切丁寧な指導」を徹底することを求める。
2010年9月14日
京都府保険医協会
10年度第6回定例理事会