憲法を考えるために42
再び集団的自衛権について
「世界が反対したベトナム戦争も、多くの市民がその犠牲になり続けたイラク戦争も、いずれも集団的自衛権の名の下に行われた」
[1]集団的安全保障=国連憲章に基づき、武力行使禁止を原則としたうえで、平和に対する脅威・平和の破壊及び侵略行為に対し、安全保障理事会決定により国連の名において実施される武力行使。[2]個別的自衛権=自国への武力攻撃が「現実に」発生した場合で、[1]が発動されるまでの間のみ、自国を自衛する範囲に限定して武力を行使する権利。日本政府はこれを認めたうえで、その行使を厳しく制限。[3]集団的自衛権=自国と密接な関係にある国に対する武力攻撃を、自国は直接攻撃されなくとも、自国への攻撃と「見なして」、それに対して武力行使をする権利(権利?)。
政府見解は自衛権を逸脱していて憲法違反としています。しかし、この従来の見解を国の防衛や同盟の維持に支障があるとして変更する動きが強まっています。
この動きは「地域や国際社会の懸念事項」として中国を強く意識したもの、あるいはそれをことさら強調したものに思えます。しかし、中国のGDPや軍事力が米国に近づき、軍事費は日本の10倍に達するであろうとするとき、日本の取りうる軍事的選択は相対的に大きいとはいえません。現在の米国識者の意識調査では、アジアにおける米国のパートナーは中国とするものが60%近くを占め、日本は40%以下になっています。日本と米国の長期的な利益は違います。「日米安保の適応」と実際の軍事行動を起こすことには違いがあります。また日本、米国、アジアの現実を見れば、中国軍事大国化から中国が日本に軍事行動を起こす=日本を占領すると考えるのも短絡的です(尖閣諸島など領土問題についてはいずれ改めて検討したいと思っています)。
日中双方の経済その他の相互関係の強化は、それが失われたとき双方に大きなリスクとなるゆえに、関係強化に繋がると考えられます。また中国を冷徹な目でよく知ること、日本以上に中国の大国化に敏感なアジアの国々との関係強化や、国連など多国間の関係の強化・活用を通じて、米国一辺倒を見直し中国に対処する努力が大切だと思われます。そしてそれには集団的自衛権を含む憲法改正などが必要ないことはいうまでもありません。「地域や国際社会の懸念事項」に、現憲法の理念で対処するべきです(これまでの連載記事と一部重複しています)。
(政策部会理事・飯田哲夫)