小沢一郎はなに何をめざしているのか?――小沢一郎論
ここ1年、講演のたびにほぼ必ず出る質問に、前号でふれたマスコミについての問いと並んで、「一体、小沢一郎は何をねらっているのか?」という質問があります。それは、小沢が政治家として表舞台に現れて以降、常にカネの疑惑に取り巻かれながら、構造改革と軍事大国化という日本の保守政治が追求してきた2つの「改革」にかかわって、政治に大きな影響を与え続けているからではないでしょうか。2010年9月、検察審査会が2度目の起訴議決をおこなって強制起訴が確定し、小沢の政治生命も終わりかと思われたにもかかわらず、菅政権のジグザグにつれ、またぞろ動きだし、政局に影響を与えようとしています。
人が小沢に関心をもつのは、小沢が一体何をやろうとしているのかが極めてわかりにくいからです。党の指導権を握るために、カネや利権、ポストの供与、恫喝など、手段を選ばぬ方法をくり出すことから、彼には「権力主義者」という評価があります。権力主義者とは、権力の奪取と維持を至上目的とし、そのために政策・同盟者を「自由に」変える人を指すといってよいでしょう。
一見、小沢は権力主義者そのものに見えます。たとえば消費税。小沢は、1993年に出版した『日本改造計画』以来、構造改革の最も早い主唱者であり、消費税の大幅引き上げを主張した人物です。現に細川内閣の下で、94年春には大蔵省と結託して「国民福祉税」という名で消費税の大幅引き上げを策しました。にもかかわらず、96年には新進党党首として消費税引き上げに反対し、民主党を率いてからも消費税引き上げに反対していることをみれば、その政策がくるくる変わっていることは明らかです。日米同盟に関しても同様です。
しかし、権力主義者という点では、菅直人はまさしくその名にふさわしいのですが、小沢はその定義に当てはまらないと思われます。菅は、首相の座の獲得に至上の目標を置き、嫌いな小沢に媚を売り、普天間問題についても沈黙を守りました。決して構造改革や軍事大国化に熱心とは思えないのに、首相の座に着くや、その維持のため、財界・アメリカの意を汲んで構造改革復帰、消費税、法人税改革、日米同盟復帰を鮮明にしました。権力主義者は、権力の座に執着しますから、国民世論にも敏感です。
しかし、小沢はその対極にいます。小沢にとって、権力は自らの目的達成の不可欠な手段なので、その奪取に猛然と走りますが、あくまで手段にすぎないようです。
では、小沢の目的とは何か―。
構造改革、軍事大国化、改憲などの政治課題は重要ではありますが、小沢の関心の中心ではありません。彼が政治生活の生涯をかけてその実現に邁進しているのは、そうした日本の「改革」を推進する強力な政治体制づくり、具体的には改革を競い合う強力な保守二大政党制、多数党に裏付けられた強力な政府、改革法案をところてんのように通す、物言わぬ国会づくりです。そう見てみれば、小沢の一見変転著しい政治的立場や政策の変遷は、1本の糸でつながっていることがわかります。
90年代初頭、軍事大国化と構造改革を遂行しようという小沢の前に立ちふさがった障害物は2つ。1つは、憲法9条を掲げ、自衛隊の違憲を主張してその海外派兵に反対する社会党と共産党。2つめは、多数を握りながら、野党や国民に迎合して改革に手をつけない自民党。かくて小沢は、社会党をつぶし、自民党を改革の党に変える決め手として小選挙区制と政党交付金を柱とする「政治改革」を追求しました。抵抗する自民党を割り、細川政権を樹立して改革を強行した結果、社会党はなくなり、自民党は党の一元的指令で動く改革の党に変質しました。
しかし小沢にとって、これは改革の半分に過ぎなかったのです。自らの失敗で新進党が壊れたこともあって、保守第二政党づくりができず、小選挙区制が敷かれたにもかかわらず、保守一党対野党という体制が存続したため、軍事大国化も構造改革も思ったようなスピードで進まなかったからです。
小沢の後半期の目標は、構造改革と軍事大国化を共通の目標とする強力な第二政党づくりに置かれました。ターゲットは、保守第二政党として頭角を現した民主党。彼は2003年、「一兵卒」として民主党に浸透し、3年かけて民主党の権力を握り、ついに政権交代を実現しました。
民主党を政権の座につけ、強力な政治体制をつくるためには、容赦のない手段がとられました。07参院選では、自公政権の強行した構造改革の矛盾を取り上げて、反構造改革、福祉の旗を掲げ、構造改革を止めてほしいという国民の期待を集めて躍進し、また小沢の代名詞となっている汚いカネをふんだんに使って、民主党内の小沢部隊を育成しました。しかし政権交代後、彼の強みでもあり、アキレス腱でもあるカネで幹事長の座を追われ、野望完成を押しとどめられた小沢は、菅政権の動揺をふまえ、再び目標実現に向けて動き始めました。小沢の愛用する言葉を使えば、「最終決戦」です。
保守二大政党体制の完成のために今小沢がねらっているのは、自民党との大連立です。懸案となる改革課題を突破するには、強力な政治力をもつ大連立しかないからです。日米同盟のための普天間問題「解決」、自衛隊の海外派兵恒久法、小沢の念願である自衛隊の武力行使目的の派兵を解禁する憲法解釈の変更、財政出動をおこないつつ大企業負担を軽減する大幅な消費税引き上げ、TPP・自由貿易体制の完成、そして保守二大政党制を完成し、少数政党を淘汰する衆院比例定数削減、最終目標たる憲法改正―。
これらの課題はどれ1つ、今の脆弱な菅政権ではできません。大連立は、不可欠の通り道とみなされています。国会議席の9割を独占する二大政党によってこれら懸案を実現し、その次に保守二大政党の交代体制をつくる。これが小沢のねらいです。
菅政権は、日米同盟・構造改革路線に回帰しましたが、菅政権の脆弱な政治力では、実現は見込めません。そこで、政権内部からは大連立をめざす動きが台頭しています。厄介なのは、小沢も党内の反構造改革派を束ねながら、大連立に向かおうとしている点です。しかし大連立は、構造改革と日米同盟を強力に推進する専制体制です。これは、構造改革と日米同盟に代わる新しい福祉国家をめざす私たちにとってだけでなく、日本の議会制民主主義にとっても最悪の選択です。絶対に阻まねばなりません。
クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』1月号より転載(大月書店発行)