小沢一郎はなぜマスコミに叩かれたのか?―菅VS小沢対決論 その1  PDF

小沢一郎はなぜマスコミに叩かれたのか?―菅VS小沢対決論 その1

 最初にお断りしておかねばなりませんが、この原稿は9月1日に書いています。参院選敗北を受けて、菅政権に批判を強めていた小沢一郎が、すったもんだの末、代表選に立候補し、菅直人と小沢の一騎打ちが確定した段階です。読者が本誌を手にするときには結果がすでにわかっているので、香りの抜けたコーヒーを飲まされるようなものですが、今回は、あえてこのテーマを選んでみました。多くの関心を集めているだけでなく、この対立と 帰趨 のうちに、今後の日本の政治の方向を占う重要な問題が含まれているからです。

 今回の小沢の立候補には、いくつかの疑問が湧いてきます。第1の疑問は、民主党内の主立った議員連中は言うまでもなく、マスコミも集中砲火とも言える反小沢キャンペーン、とりわけ「政治とカネ」の問題に焦点を合わせた小沢批判を展開しているのはなぜか、という問いです。第2は、菅と小沢は、いったい何が対立しているのかという疑問です。首相の座をめぐる権力争いには違いありませんが、その背後に政治路線、政策の対立はあるのか、あるとすればそれはどんな対立なのか、という問いです。まず今回はこうした疑問について考えてみましょう。
なぜ小沢バッシングがこれだけすごいのか、という問いに関連して一番の疑問は、小沢の「政治とカネ」疑惑については以前から分かっていたのに民主党議員もマスコミも今まで逆の対応をしてきた、それがどうして今回は? という疑念です。しかも、そもそもこうした小沢の横暴を許してきたのは民主党そのものなのに、マスコミも菅首相もそのことにはひと言もふれようとしません。
今回、小沢の政治とカネについて何一つ新しいことがわかったわけではありません。政治とカネ疑惑は、2009年の春、小沢が党代表の時代、西松建設の献金に絡む大久保秘書逮捕から始まりました。その時点で小沢が代表を辞任すべきことは明らかであり、秘書の訴追とともに、離党、議員辞職をすべきであったにもかかわらず、民主党は党ぐるみで小沢擁護に回ったのです。マスコミも決して決然と批判したわけではありませんでした。今年の冬、小沢秘書だった石川知裕議員らの逮捕時にはさらにエスカレートしました。すでに鳩山政権になっており、鳩山民主党はれっきとした政権党であったにもかかわらず、「検察権力対小沢」論、「検察暴走論」がテレビのワイドショーを 跋扈 ・席捲したのは記憶に新しいところです。国民は今と同様、8割近くの人が小沢は幹事長を辞めるべきだと答えていたにもかかわらず、民主党内では菅も仙谷も岡田も腰の引けた発言に終始していました。ところが、今回の大合唱です。どうしてこんな変節が起こったのでしょう?
結論を言えば、今年の正月と現在では政治状況に大きな変化があり、それがマスコミさらには菅らの反小沢大合唱を生んだのです。変化の1つは鳩山政権から菅政権に代わり、小沢が権力の地位から脱落したこと、第2はそれと 相俟って、財界・アメリカが小沢に見切りをつけ、菅政権支持に回ったことです。特に露骨なのは財界です。
財界は菅政権が登場するやいち早く支持声明を出し、また、参院選で民主党が大敗したときも即座に菅政権存続支持を打ち出しました。選挙翌日、日本経団連は「揺るぎない信念を持って」消費税引き上げにとりくめ、自民党も「超党派」で政権に協力しろ、と激励したのです。代表選にあたっても露骨に菅支持を表明しています。菅政権はこの支持に支えられて居座り、小沢切りを遂行したのです。では、財界は「政治とカネ」問題に愛想が尽きて、小沢不支持となったのでしょうか? とんでもありません。あの汚職とカネまみれの自民党政権を一貫して支えたのは財界でした。
ではなぜ? それは今度の対立が「政治とカネ」をめぐる対立にあるわけではないことを示唆しています。アメリカが鳩山、さらには小沢に強い不信を抱きそれを表明しているのは、普天間、日米同盟をめぐる小沢の態度がはっきりしないからです。さらに、財界が小沢不信を露骨に表明しているのは、小沢が、09マニフェストの公約通り消費税率引き上げに反対しているからです。大企業法人税率引き下げ、消費税率引き上げに初めて言及した菅とは大違いです。財界は、小沢が構造改革路線に熱心でないどころか、それにブレーキをかけようとしていると判断したのです。許すわけにはいかない、と。

 菅vs.小沢の対立は、保守支配層が進めてきた日米軍事同盟の強化と構造改革をめぐる激しい路線対立を含んでいるという点をみることが重要です。小泉政権以来、自公政権が一貫して進めてきた構造改革と軍事大国化の路線に対する怒りの声を受けて登場した鳩山政権が、国民の期待に応え、日米同盟と構造改革の枠を踏み破ろうとしたことに対して、財界やアメリカの期待に応えて、政権を保守の枠組みに復帰させることを目的に登場したのが菅政権でした。菅政権がいち早く普天間の辺野古移転支持、法人税率引き下げ、消費税税率引き上げを謳ったのは、保守回帰宣言だったのです。それに対して、国民は不信任を突きつけた。権力奪還をねらう小沢がそれを見逃すはずはありません。小沢は、消費税引き上げに反対し、普天間も見直すと言って登場したのです。「またぞろ改革が遅れる」、これが財界・アメリカの苛立ちと危機感であり、マスコミも気分は一緒、構造改革を停滞させてはならないと、小沢つぶしに乗り出したわけです。菅は財界に迎合して、国民に否定されたばかりの消費税の引き上げを、代表選で改めてもち出しています。菅が勝っても、政治が前進するどころか、構造改革の路線が大きくすすめられることは明らかです。では小沢が勝てばいいのか? とんでもありません。
今、日本の政治の今後をめぐっては3つの方向が対抗しています。第1は構造改革の道、第2はそれに反対し、旧来の自民党型利益誘導型政治の道、そして第3がそのどちらでもない福祉国家型の道です。小沢は、旧い利益誘導への道を主張しています。しかも小沢は財界やアメリカの圧力を受けて、利益誘導に構造改革を滑り込ませ始めてさえいます。民主党内では今、第1の道と第2の道が激突しているのです。民主党内に第3の道を担う勢力が小さいことが、菅・小沢対決を生んだのです。
次回はこの点を少し詳しくみてみましょう。

クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』10月号より転載(大月書店発行)

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