厚労省が高齢者医療制度の中間案 来春通常国会に法案提出へ
後期高齢者医療制度廃止後の新しい医療制度を議論している「高齢者医療制度改革会議(厚生労働大臣主宰)」が、7月23日に開催した第8回会合で、「高齢者のための新たな医療制度について」(中間とりまとめ)〈案〉(以下、中間案と表記)を公表した。
今後国は、本案を携えての地方公聴会を行い、年末の最終とりまとめ、来春通常国会への法案提出を目指す。
今後の主なスケジュール
2010年8月〜 | 地方公聴会の実施 |
8月20日 | 中間取りまとめ決定 |
年末 | 最終取りまとめ |
2011年1月 | 通常国会に法案提出 |
春 | 法案成立 |
| | 準備期間 |
2013年4月 | 新制度の施行 |
高齢者医療制度改革会議の中間案示される
転換されない都道府県単位の医療費適正化路線
加入関係を含めた基本的枠組みは「老人保健」型
中間案は、新たな基本的枠組みについて、後期高齢者医療制度を廃止して「地域保険」を市町村国保に一本化。その上で、サラリーマンである高齢者や被扶養者は被用者保険に加入し、それ以外は国保被保険者となる注1)。加入関係で見れば旧老人保健制度と同様の仕組みであり、被保険者から見れば、同一世帯の中で、75歳を過ぎた途端に自分だけが違う別保険制度に加入し、別の保険証を持たされることはなくなる。国保の場合は所属する世帯主に対し保険料支払いが求められることになり、本人が世帯主でない場合には、保険料納付義務はなくなる。国保組合についても、被用者保険同様、加入要件を満たせば高齢者であっても当該組合に加入することを可能とする(図1)。
一定年齢以上の高齢者を対象に「都道府県単位の財政運営」導入
高齢者になっても、若人世代と同じ保険者、同じ保険証。一見すると単純に後期高齢者医療制度施行以前に戻ったかのように見えるだろう。しかし、中間案は、基本的に国保が市町村単位での財政運営であるにもかかわらず、加入する「少なくとも75歳以上」の高齢者の医療費は「都道府県単位の財政運営」にすると述べる(図2)。
無論、現行の後期高齢者医療制度もその財政は既に都道府県単位である。中間案は「再び市町村国保が高齢者医療の財政運営を担うことは不適当」と言い、「都道府県単位の財政運営にすることが不可欠」とまで述べる。つまり、後期高齢者医療制度を廃止して国保加入となる高齢者に対しては、都道府県単位の財政運営はやめないということだ。その理由について、「国保の財政運営安定化」と「高齢者の負担の増加等を生じさせないようにする」ための「財政運営上の区分」と説明している。
しかし、本当にそれだけなのか。「都道府県単位」の仕組みを残そうとするには理由があり、そこには、新たな高齢者医療制度の持つ本当の意味とねらいが秘められている。
市町村国保全体の都道府県単位化=新地域保険創設の流れ
国にとって都道府県単位化は、高齢者医療制度に限った課題ではない。「高齢者医療制度改革会議」であるがゆえに、現行の後期高齢者医療制度(あるいは前期高齢者医療制度も含めて)に代わる仕組みを検討しているから、そこに着目して提起されたに過ぎない。
先の通常国会で「医療保険制度の安定的運営を図るための国保法等改正法案」に基づき改定(10年5月12日)された新国保法では、都道府県が「広域化等支援方針」を策定し、一定額以上の医療費を都道府県内の市町村(保険者)が共同プール金から給付する「保険財政共同安定化事業」の対象医療費を拡大することで圏内の医療給付をほぼ全て都道府県単位化し、なおかつ圏内での「標準的な保険料算定方式」を設定して、保険料の平準化を進めることを可能とした。都道府県がリーダーシップを発揮し、主体的に国保を広域化せよとの国からの意思表示である注2)。
今回の中間案でも、市町村国保の脆弱な財政基盤に照らし、高齢者だけでなく「全年齢を対象に国保の広域化を図ることが不可欠」と明記され、「高齢者医療の都道府県単位の財政運営」も、市町村国保全体の都道府県単位化の一環として捉えることができる。ちなみに中間案は高齢者に留まらない国保全体の都道府県単位化への移行手順について、「13年以降のある時期までと期限を定めて全国一律に」進めるべきとの意見と、「合意された都道府県から」順次進めるとの意見の両論を併記している。
都道府県単位の医療費抑制システムの強化・拡大
従来から本紙で指摘しているとおり、後期高齢者医療制度創設を含んだ06年医療制度改革は、都道府県を自ら定める医療費適正化計画に則って医療費抑制を進める主体に据えた。都道府県が医療費抑制を競い合う仕組みが構築されたのである。これが、後期高齢者医療制度が都道府県単位である理由の1つと言えるだろう。この時、国は被用者保険と国保を都道府県単位で統合することも視野に入れ、後期高齢者医療制度をその布石に位置づけていたと考えられる。
今回の中間案でも「都道府県単位の財政運営」の継続が打ち出されたのは、後期高齢者医療制度を布石にさらなる都道府県単位化へ向かうのでなく、後期高齢者医療制度廃止を梃子に国保広域化を一気に進める道程を選択したことを意味する。言わば、都道府県単位の医療費抑制路線は転換せず、ただ広域化への道筋を変更したに過ぎない。
中間案は「年齢区分による差別」との批判には一定応えながら、後期高齢者医療制度の根本的な問題点を次の制度に引き継ぎ、国保全体の広域化により、若人世代にもそれを拡大するものとなっている。
引き継がれる最大の問題点とは、都道府県全体で高齢者にかかる医療費のうち、その1割を高齢者自身の保険料で賄うことを法定化した仕組みである。
最初に介護保険制度、続いて後期高齢者医療制度で採用されたこの仕組みでは、医療費の伸びと保険料の高騰がリンクする。言い換えれば、相対的に保険料の高額な都道府県(運営主体である広域連合)は、医療費抑制の努力が不足だということになる。運営主体は保険料高騰を抑制する努力、すなわち、医療費抑制の努力を強いられる。高齢者から言えば、「高い保険料を払わされるのは、ごめんだ。地域の医療費を下げてくれ」ということになる。その結果、その地域では、負担可能な保険料の10倍の医療費の範囲内でしか、医療は受けられない仕組みになっている。この仕組みが温存される限り、国保広域化は「医療費抑制路線の継承・強化・拡大」につながるものと言わざるを得ない。
都道府県単位の運営主体と市町村の関係
中間案は、運営の仕組みについて具体的な構想を示している。「市町村国保を都道府県単位の財政運営にする場合においても、すべての事務が都道府県単位の運営主体で行われるものではない」とし、「都道府県単位の運営主体」は、標準保険料の設定、保険給付を行い、市町村は保険料賦課・徴収、資格管理、保健事業を行うとする。「標準保険料の設定」については、高齢者の給付に要する費用から、均等割と所得割の2方式で標準保険料を算出し、市町村毎に「都道府県単位の運営主体」へ納付すべき額を算定し、市町村は算定された「納付すべき額」をもとに、「収納率」を勘案して、「高齢者の保険料率」を定める注3)。つまり、市町村の保険料収納率が高ければ、標準よりも低額な保険料を設定することができるということになる。裏返せば、保険料徴収の取り組みへ新たなインセンティブが与えられることとなり、引き続き「払いたくても払えない」人たちからの徴収が強められることになる。
狙いは、自治体と地域住民による自律的医療費管理制度の導入
こうした方向性の背景にあるのは、医療制度構造改革の目標である「自治体と地域住民による自主的自律的な医療費管理の仕組みの確立」という方針である。これが「地域主権改革」という美名の下、地域に押し付けられようとしている。本来、国のナショナルミニマム保障のための制度として維持発展させるべき医療保障制度が、地方制度化されることで自治体間格差が容認され、制度維持のための医療費抑制策が、その自治体に暮らす地域住民の自発的選択の形で実施されることになる。
今後法案が策定されるまでの残された時間、我々の側から真に患者・高齢者の生命と健康を守るにふさわしい制度のあり方を提起することが必要だ。また、これら新しい医療制度と同時に、来年の通常国会に提案される「介護保険制度見直し」法案との関連性や、再来年の診療報酬・介護報酬見直しも無視できない。
協会は今後とも新制度の動向を逐一分析し、会員各位にお知らせすると共に、国への要請・提言活動も強めていきたい。
※図は、いずれも第8回「高齢者医療制度改革会議」(7月23日)資料より