厚労省が未収金の保険者徴収でモデル事業/医療機関に従来以上の「善管注意義務」

厚労省が未収金の保険者徴収でモデル事業/医療機関に従来以上の「善管注意義務」

 厚生労働省は09年7月10日、一部負担金の未収金問題について、市町村における一部負担金減免措置等の運用と、未収金の保険者徴収に係るモデル事業に関する通知を発出した。

 このモデル事業は、昨年の同日、厚労省の「医療機関の未収金問題に関する検討会」がまとめた報告書を具体化したもので、厚労省保険局では事業報告の検証の後、10年度中に全保険者で実施する予定だ。

 医療機関の未収金は「生活困窮」と「悪質滞納」が主な原因であるとして、「生活困窮」に対しては国保の一部負担金減免制度の運用や、医療機関・国保担当課・生活保護担当課の連携による対応で、一定防止したい考え。

 一方、「悪質滞納」に対しては、医療機関が従来以上の回収努力として「患者宅訪問による督促」を行うことを前提に、保険者徴収制度を運用することを打ち出した。

 医業経営を脅かすほど膨大となっている未収金問題解決の施策として注目されるものの、全国8万機関の無床診療所における未収金問題への対策は示されていないこと、収入が生活保護基準を超えて減免基準から外れ、一部負担金・保険料を滞納している世帯は「悪質滞納」とみなされ、差し押さえ処分の対象とすることが明確に示される等、問題を孕んでいる。

入院時に支払いを約した文書交わすことが条件

 通知によれば、(1)モデル事業は、7月31日までに全都道府県で少なくとも1市町村を選定する、(2)実施時期は09年9月から10年3月まで、(3)モデル事業実施市町村は実施状況の検証を行い、厚労省保険局国保課に報告する―としている。

 モデル事業では、自治体病院や未収金額の多い医療機関を協力医療機関として選定する。注目される未収金の保険者徴収制度は、「入院に関連して発生する未収金の影響が大きい」との観点から、対象は入院及びその入院に付随する通院費用に限定される。

 また、実際に保険者徴収の手続きに至るまでには、入院及びその入院に付随する通院治療が終了、中断した後、最低でも6カ月を要する取扱いとなっているとともに、協力医療機関において以下の3段階を踏まなければならない。

 第一段階…協力医療機関において、入院時に入院患者本人に加え、家族等の少なくとも1人の氏名・連絡先・支払方法を確認し、記録に残す。支払期日や退院時までに全額支払うことができない場合の残金の支払いを約束した文書を取り交わす。

 第二段階…未収金が回収できない場合、?少なくとも1カ月に1回、本人または家族らに電話等で支払いを督促し、記録を残す、?少なくとも1回、内容証明付き郵便により督促状を送付し、記録を残す。これを行って初めて、協力医療機関は市町村に対して、未収金協力要請書を提出し、督促協力を要請する。この段階では、市町村の対応は電話または文書督促に留まる。

 第三段階…引き続き回収できない場合、協力医療機関は、第二段階の??の取り組みとともに、少なくとも1回は支払督促のために本人宅を訪問し、その記録を残す。ここまでして初めて、協力医療機関は市町村に対して、保険者徴収要請書を提出できる。

 しかしなお、保険者徴収の対象となるのは、(A)未収金額が60万円を超える場合(差額ベッド代や保険外負担は含まない)か、(B)保険料滞納処分(財産の差し押え)の対象となる場合に限られる。(B)の場合は、差し押さえた財産から市町村が保険料滞納額を差し引いた残額の範囲からしか、協力医療機関には支払われない。(A)の場合は、少額訴訟の対象となるため、医療機関で解決してくれ、ということのようだ。

医療機関に患者宅訪問による督促課す

 問題は、第三段階で条件とされている「支払督促のための本人宅訪問」だ。従来、健保法、国保法における保険者徴収に係る通知では、保険医療機関が保険者に未収金徴収を要請するにあたり果たすべき「善良なる管理者と同一の注意」(いわゆる善管注意義務)は、「内容証明付き郵便により支払い請求を行った等の客観的事実」しか求められていなかった(1981年2月25日付保険発第10号)。例えば、1961年より条例を定めている横浜市では、医療機関に訪問督促を課していない。また、昨年7月の厚労省検討会報告書でも、病院側の取り組みとして支払いに関して念書をとる等の手段は紹介されていたが、患者宅を訪問することは言及されていない。

 モデル事業が正式に全国的な取り組みとなった時、「善管注意義務」として医療機関による患者宅訪問による督促が義務付けられれば、スタッフの不足している医療機関では負担が大きく、実際には泣き寝入りとなる可能性もある。

未収金発生は過重な一部負担金が原因

 もともと、未収金の発生は限界を超えた過重な一部負担金が原因である。そもそも「療養の給付」という現物給付に一部負担金があること自体がおかしいといえ、給付割合を増やすことが未収金問題の解消につながる。

 一方、そもそも患者一部負担金は、医療機関に徴収義務があるのだろうか。
保団連顧問弁護士の前川雄司弁護士は、「一部負担金は、現物給付たる療養給付を前提にしたうえで、その費用の一部を受給者(被保険者)に負担させる制度であるから、本来、受給者(被保険者)から保険者に支払われるものである。

 したがって、受給者(被保険者)の一部負担金支払義務は公法上の義務であって、一部負担金に部分の療養も保険者による療養の給付の一部であって、自費診療による療養=給付外の療養ではない。

 そのため、一部負担金の支払方法としては、受給者(被保険者)に医療機関の窓口で支払を行わせる「窓口負担」と、受給者(被保険者)から保険者に直接納付させる「直接徴収」とがある。

 健保法74条2項、国保法42条2項は、簡易な徴収をはかるため「窓口負担」を定めたが、それは支払方法を定めたにすぎず、この規定によって保険者の有する一部負担金の徴収権が保険医療機関等に移るものではない」と述べている。

 この見解は、保険者から委任を受けて、療養の給付を担当している保険医にとって、正鵠を射た見解であろう。一部負担金は保険者が直接、被保険者から徴収すべきである。京都府保険医協会は06年夏に行った京都府内各市町村との懇談の中で、「保険者の責任において、被保険者から徴収し、保険医療機関に支払うなど、制度運用を改善する」よう求めている。

全市町村で減免基準を整備すべき

 なお、本モデル事業において、一部負担金減免に関する入院医療機関での対応、行政手続き、減免基準が示されたことは、あまりにも遅かったとはいえ、称賛に値する。厚労省調査によれば、06年度実績で全国の市町村のうち減免基準を設けていた市町村は1003(55%)。そのうち低所得を減免事由に定めていたのは155、うち具体的な判定基準を定めていたのは111に過ぎなかった。しかし今回、入院患者がいる世帯に限られるとはいえ、?事業の休廃止、失業による収入の減少、?収入が生活保護基準以下等の基準であれば減免の対象とする―という方向が示され、今後、この基準を最低ラインとして、全国の市町村で減免基準が整備されることが望まれる。

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