医療訴訟の傾向について思うこと(7)  PDF

医療訴訟の傾向について思うこと(7)

入院の必要性をどこまで説明すべきか

莇 立明(弁護士)

 統合失調症の既往歴のある38歳独身の男性患者である。夫と離婚した母親と二人暮らしであった。離職中で職場復帰の予定であったが、焦りと母親の離婚からくる精神不安定があった。復帰予定の1月前にナイフで喉をきり自殺を図った。傷は入院で治癒し、焦らずに職場復帰をと考え、週3回のショートデイケアの通所を始めた。2カ月後、入水自殺未遂を図った。その後、病院精神科の外来に母親と受診した。落ち着いた様子であり「今は自殺しないように対処できる」と本人も言っていた。母親からは入院の希望もなかった。投薬のうえ、感情コントロ−ルができない時は受診するようにと念をおして帰宅させた。その後、連絡はなかったが1週間後、自宅のマンション9階から飛び降り自殺した。母親は、病院が何故入院を勧めなかったのか、何故入院させなかったのかと厳しく責め立てた。弁護士に依頼、約7000万円の損害賠償訴訟を提起した。

 訴状によれば、飛び降りの7日前の外来診察で医師が入院を積極的に勧めなかったことが病院の過失としている。患者は入院を拒否しているし、母親は入院を勧めてもいないのに、である。このような拒否意思の明確な患者に、病院が入院の必要なことを積極的に説得することは、患者の自由意思を抑圧して決断を迫ることである。医学的に患者の病態に悪効果を及ぼし自殺企図を促進することになりはしないか。二つ目は、精神疾患患者といえども自己決定権があり、嫌がる入院を強制に近い形で実現させることは、患者の人権侵害になるのではないか。患者側弁護士が最も強調しそうな点であるのに、しかるにこの弁護士は入院させないことが病院の診療契約上の義務違反である。自殺の遂行が間近に迫っているのに入院させないことは、病院の不法行為であるとして訴訟を起こしたのであった。

 裁判所は、専門医師の意見を参考にして2回の自殺未遂は、その背景の精神症状、隠された希死念慮を考慮し、入院治療の説得が最良の方法ではなかったかと考えると判示したが、それに応じない時はどうなるのか、病院は何処で免責されるのかの疑問には答えない。そして病院の医師達の過失は認めず、患者の請求を全面棄却した。

 さて、病院が入院治療・検査の必要な患者がそれを拒否する場合に患者に入院治療の必要性を十分に説明して「入院治療・検査保留に関する覚書」の作成の必要性が、課題に登場してきたのである。どのような文言の文章にすべきか、K病院では医療安全課担当が出番を迎え知恵を絞っている。

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