医療訴訟の傾向について思うこと(5)  PDF

医療訴訟の傾向について思うこと(5)

莇 立明(弁護士)

医療訴訟における「ガイドライン」について

 各界において「ガイドライン」論議は花盛りである。安倍首相は、憲法を改正しないで解釈で集団的自衛権の行使容認を取り付けようとやっきである。それは日米両政府が年内の完了を掲げた日米防衛協力指針(ガイドライン)の再改定に向けた準備のようだ。

 医療訴訟においても各科の学会が発表する「ガイドライン」は、医師の行うべき標準的医療行為の内容と実施の指針を示している。裁判所が医師の過失の有無を判断する際の医療水準がどのようなものであるかを知るのに格好の資料だ。医師の過失の判定には、医学専門的知見が当然必要である。まずは医学専門書や雑誌などであるが、「ガイドライン」があれば、大変に便利である。

 しかし、現実には、「ガイドライン」を作成する人は、その科目の医学専門的研究者や医師達であるが、臨床医療の経験年数が必ずしも十分でない医師を含む場合もないとはいえない。「ガイドライン」は訴訟に利用されることを前提とせず、また予測もされていないために、裁判所へ提出されてはじめて、予期もしなかった波紋をもたらすことがある。そこで、ガイドラインによっては、研修教材用として作成されたもので、医事紛争や医療訴訟の判断には本書を鵜呑みにすることなく、規範とすべき努力目標の一つと捉えてほしい旨を、わざわざ断り書きしているものも多い。2000年4月1日、骨髄性白血病治療のための末梢血幹細胞移植(PBSCT)について、「同種末梢血幹細胞の採取に関するガイドライン」が、関係学会から突然公表されたことがあった。しかし、それは、移植医療につき本来あるべき包括的な法の整備や患者保護の視点をなおざりにされたままの日本の移植医療に対して刃を突きつけたようなものであった。

 読んでみると実践医療の実際を知らないのではとしか思えない実施不可能な高度な医療水準の提言を含むものであった(例えば、ドナーとレシピエントの主治医は兼ねてはいけない。ドナーに対する短期・長期フォロ−アップ調査義務など)。その背景には厚労省が同日付けで同移植の診療報酬に初めて健康保険を適用することを決めたことが関係ありと分かった。あたふたと関係学会に連絡して骨髄性白血病の治療法としての末梢血幹細胞移植(PBSCT)法を認知したことを、内外に公表・喧伝するためであったと知れた。

 そのように現場の医師達には、直ちに適用困難な基準も幾つかあった。ドナーに対する細部にわたる説明義務や同意書の取り付けなど円滑にはいかないことがままあったのだ。そうこうする内に、移植患者死亡の事例が出た。患者、家族の承諾、同意を巡って訴訟となった。当然、患者側弁護士は「ガイドライン」の文言に拘り、病院側の過失責任を問責した。裁判所でやむなくの和解解決となった。

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