医療訴訟の傾向について思うこと(4)/莇 立明(弁護士)  PDF

医療訴訟の傾向について思うこと(4)/莇 立明(弁護士)

看護師さんの証人調べについて

 医療訴訟で医療側の言い分を証明するために、医師や看護師の証人調べを実施する。医師の場合は主治医とか執刀医とかその医療に直接かかわった人にお願いして裁判所まで来ていただく。まず喜んで出ていただける医師はいないけれども、自分のことだからと観念して素直に出廷していただけるのが普通である。

 しかし、看護師となると「そんな、私が出なイカンのですか。出たくないです。やめて。ほかの人に頼んでえ」と言われるのがほとんどである。それを、「そのことを知ってる人、ぴったりした人は貴女だけなんです。出られないと病院が負けるかもしれません。出ても貴女に責任が及ぶことは絶対ありません」「国民としての義務と心得て、何としても出てください。病院を救うのは、貴女の証言如何にかかっているのです」と頼みこむことになる。なかには、「そんなとこへ出なイカンのなら病院を辞めます」「絶対イヤです」と泣き出す人もいる。

 ある診療所では証人に呼ばれることがイヤで勤務していた看護師3人全員が退職届を出して辞めてしまったことがあった。そうなると大変な事態である。そのような、紆余曲折を経て出ることに腹を決めてくれた看護師さんは、当日はすっかり安心されて、しっかりと証言をしていただくのがまたほとんどである。まず、ウソをつかれる方はいない。もうちょっと融通を利かして病院側に有利に話してほしかったなあと思うこともあるが、若い看護師さんたちはそれほど皆真面目で正直な方ばかりである。まずまず、法廷には正直な真実の医療現場が出されてくるのである。

 ある病院で認知症の高齢のご婦人が深夜帯にせん妄状態となった。夜勤勤務の看護師さんが車椅子に乗せ、病棟の廊下で付き切りでいたが、患者が就寝したので詰所に車椅子ごと収容した。それから、ちょっと目を離した隙に患者がすくっと立ち上がって転倒し、大腿骨頸部を骨折した事故があった。これは裁判となったが、深夜の勤務時間の長さ、人手の少なさ、仕事の多さを裁判官にこの看護師は懸命に訴えた。それが効いた。病院は無責となった。この種の施設事故はあまりにも多いが、すべてこのように上手くはいかない。解決がこじれれば医療訴訟になる。結局、施設が被害者に保険金を支払って済ますこととなる。それでいいのかと言いたくなる。どこに問題があったのか、どのようにしたら再発防止に繋がるのか、みんなで真剣に考えて、その教訓を生かしてほしいものだ。

 先日の毎日新聞に、勤務先の医療機関で働き続けたいと考える若手看護師は1割にとどまるとの記事が出た。奈良県立医科大学のグル−プがインタ−ネット上で実施した意識調査で分かったのだ。夜勤など過酷な労働条件に不満を感ずる離職予備軍が多くいることが示された(勤務がきつい−31%、とにかく疲れた−22%)。まずなにより、こうした労働環境・労働条件を改善することから始める必要があるだろう。

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