医療訴訟の傾向について思うこと(10)(最終回)  PDF

医療訴訟の傾向について思うこと(10)(最終回)

 
莇 立明(弁護士)
 
医療訴訟に期待するもの
 
 最高裁を頂点とする全国各地の裁判所は、医療事故の発生と医療過誤訴訟の頻発に関して、その根源に遡った原因の究明と対策の示唆、提言につきこれまで何程のことをしてきたのか、良く分からない。その役割の限界を考えても疑問なしとしない。専門的な医療のことは、司法の埒外であり、個々の事件を離れた医学にわたる意見は軽々しくは述べられない。裁判所は患者の生命、身体に対する権利侵害の有無を法的規範に照らして判断するだけが使命だと割り切っているかの如きである。
 裁判所は、医療事故防止のための対策の確立として、医療体制の点検と改善、現場における医療倫理の確立、医師らの教育と研修、医療情報の隔てなき開示などなど、個別過誤事件を担当した個々の裁判官の機会を得た発言や提言が、もっとあって然るべきと思う。それあってこそ臨床現場の改善に繋がろう。しかし、そのようなものは見られず、個々の事件処理として医療機関に対する金銭的賠償責任追及としての賠償金額算定のみに終始している現状である。所詮、個別事件の対症療法的処理に止まっており、そこから一歩も出ていない。医療は、生命に対する侵襲を不可避的に伴うことによる「医療の不確実性」を回避できない。そのような医療訴訟が、「高い専門性」のゆえに、民事紛争の中では、判断が最も困難な事件類型であることは、司法界で認識が定着している。その壁を打開し、改革しようとの意識・発想がなかなか出てきていない(司法の消極主義)。
 裁判関係者が、良心的であればあるほど医療過誤訴訟の領域とする問題の困難さ、複雑さ、深刻さをも自覚するはずである。「安全な医療」と裏腹の身体へのダメージ(危険)を伴う「医療の不確実性」を知るだけでも、事故に対する観点がもっと多面的となろう。本年6月18日、医療事故調査制度に係る法案が成立した。新たな事故調査制度の発足で医療現場がどう変わるのか。また医療過誤裁判の現状に関わりが出るのか。

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