医療問題研究会 講演要旨/TPPに利益なし 日本市場は狙われている  PDF

医療問題研究会 講演要旨

TPPに利益なし 日本市場は狙われている

 神奈川県保険医協会は4月6日に、医療問題研究会を開催。「TPP亡国論」をテーマに、京都大学大学院工学研究科准教授(当時)の中野剛志氏が講演した。神奈川県保険医新聞に掲載された講演要旨を転載する。(文責:神奈川県保険医協会政策部)

中野剛志氏

中野剛志氏

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 2008年のリーマンショックは100年に一度の「歴史的な資本主義の転換期」と捉えられている。私は資本主義の大きな変動の中で、世界の構図がどう変わるかに関心を持ち、研究した。すると、米国は構造的な問題を抱えており、当分苦しむことがわかった。米国は他国の市場獲得に乗り出すだろう。

 100年前の転換期は世界恐慌だったが、このときは市場の奪い合いが高じて戦争になった。今回は大きな戦争にはならないだろうが、市場の奪い合いが起こる。したがって、資本主義のあり方をどう是正して、来るべき経済的な侵略にどう備えるか考えなければいけない。

 TPP(環太平洋経済連携協定)と米国の経済戦略には資本主義の構造変動が絡むので、TPPを語るには、まずリーマンショックについて語る必要がある。

世界経済を支えた米国の大量消費(08年以前)

 リーマンショックを語るには、06年の資本主義の構造まで遡る必要がある(図1)。この当時、日本では?グローバル化が進む、?東アジアの成長を取り込む―この二つが世界の構造を決めるといわれていた。

 当時日本は東アジアに輸出をしており、成長を取り込んでいるようにみえるが、東アジアから欧米、特に米国への輸出もかなり多い。実は、東アジアは自分で成長していたというよりも、日本からの部品の輸出と米国の大量輸入に牽引されて成長していた。こういう世界の構図があった。

 このころ米国では、人々は借金をしてまで消費していた。住宅バブルによって、住宅の価格が上がっていたため、借金をしても返せると考えられていたからだ。そこに各国がアジアに輸出をし、アジアはそれを元手に米国に大量輸出をしまくり、ため込んだドルを米国へ投資。ドルが流れ込んでバブルは止まらない。この循環がグローバル化の正体である。当時経済学者や評論家がしたり顔で語っていた「アジアの成長とグローバル化」は、米国の住宅バブルの産物だったのだ。

 しかし、リーマンショックで住宅バブルが崩壊。住宅バブルの上に成り立っていたグローバル化とアジアの成長も吹っ飛んだ。だからリーマンショックは“世界の構図を大きく変える”といわれたのだ。

図1 主要国・地域間の貿易額(2006年)

リーマンショック以後の世界経済の方向性

 08年以前、世界は一方的に輸出する国と一方的に輸入をする国に分かれており、バランスがとれていなかった。これをグローバル・インバランス(GI)問題といい、これこそがリーマンショックを引き起こした原因である。

 「米国は輸入を減らし輸出を増やせ、アジアは輸出に依存せず、内需の拡大を図れ」。これがGI是正のための方向性である。米国の戦略は「輸入を減らし輸出を増やす」、つまりドル安を目指すということだ。

グローバル・インバランス是正に乗り出した米国

 オバマ大統領は10年の一般教書演説において、14年までに輸出を倍増し、GIの原因である米国の過剰消費・貿易赤字の是正に乗り出すことを表明している。この実現のために、1ドル70円程度の円高・ドル安を国是として掲げた。日本は昨年1ドル75円の円高で泡を食っていたが、これは米国にとって通過点に過ぎない。この時点で日本は輸出主導の成長は望めないということを理解しなければいけなかった。

 10年6月にはガイトナー財務長官が各国に書簡を送り米国の貯蓄率向上のために日本とドイツは内需拡大せよという旨を主張している。それから10月には米国家経済会議のサマーズ委員長(当時)が「世界経済は再調整を必要としている。米国の消費者は世界経済成長の唯一のエンジンにはなれない」と発言している。つまり、米国の高官は米国の大量消費が世界経済を支えていたこと、住宅バブルが崩壊したから、「世界経済のエンジンにはなれない」ことを全員理解しているのだ。

TPPは米国の輸出倍増戦略の一環

 オバマ大統領は10年のAPEC(アジア太平洋経済協力)横浜会合でTPPを推進しアジアの市場を獲得する旨を発言しており、「国外に10億ドル輸出するたびに、米国内に5千人の職が維持される」とも言っている。この意味するところは、「アジアの雇用を奪って米国の雇用を増やす」ということである。このような身も蓋もない利己的なことを公の場で発言するほどに、米国とオバマは追い詰められていた。当時米国の失業率は10%にまで跳ね上がっており、オバマの支持率は急落。また、11年の一般教書演説でも32万人の雇用創出を訴えている。これらの発言は、2年後の12年に大統領選を控えたオバマの、失業にあえぐ自国の有権者へのアピールだったのだ。

TPPでアジアの成長は取り込めず

 TPPの参加交渉参加国のシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ、米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシアに日本を加えたGDPシェアは、日米で90%以上。続いて豪州が4.3%。残り7カ国のうち4カ国がアジアだが、アジアのGDPシェアは3%以下。ほとんど“誤差”だ。日本がTPP参加の筆頭の理由として挙げている「アジアの成長を取り込む」ことは不可能である。必然的に、日本の輸出相手は米国となる。しかし、米国は輸出倍増化戦略を国是として掲げており、「米国への輸出に頼るな」とまで発言している。日本は輸出主導の成長の道を閉ざされている。

日本は輸出立国というまやかし

 国内では日本は外需依存度が高いと信じられているが、戦後日本が輸出立国だったことはない。日本における輸出依存度は、米国との貿易摩擦があった70〜80年代を通じてGDPの1割台。中国は3割、韓国は4〜5割。GDPより輸出依存度が高い国さえある。こうして見ると、日本は輸出立国ではないことが際立つ。世界には日本は米国と同じく内需大国として知られている。輸出依存度が日本より低いのは米国だけだ。日本がアジアを取り込むよりも、アジアが日本を取り込みたいと考えていることだろう。

国際競争力は関税ではなく為替

 関税の撤廃が議論に上がっているが、貿易において関税は大きな問題ではない。重要なのは為替である。米韓FTAが発効され、米韓の関税はゼロになるが、それ以前から韓国の企業は輸出に強かった。それは為替、通貨のおかげである。こんなものは国際経済の常識だ。

 日本から米国へ輸出する際の関税は昔から低く、自動車が2.5%、テレビが5%。撤廃したところで現在のドル安を考えれば相殺されてしまう。戦後最高の円高ドル安の中、我々は通貨の威力を見せつけられているではないか。

 菅前首相が、APECでTPPについて発言した当時、1ドルは82円だった。しかし、現在(4月当時)1ドルは77円。1年間に5円も円高が進み、10年に計算された関税撤廃による経済効果はなくなっている。

農業はグローバル化できない

 製造業にとって関税は問題ではない。だが、農業を守るためには関税が重要だ。米国の農家一戸当たりの耕地面積は日本の約120倍。豪州は約1,500倍。土地の大きさが全然違い、生産性で勝負にならない。農業はグローバル化できないのだ。TPPに参加すれば関税は撤廃されたうえ、米国の農産品は戦後最高の国際競争力をつけて日本の市場に襲いかかってくる。

 さらに、農耕地帯の多い東北は東日本大震災の被災で、農業構造改革どころか、現状回復すら目途が立っていない。このような状況下、TPP交渉参加を表明したこの国はおかしいとしかいえない。

日本はルール作りに参加できない

 昨年のAPECの前にはTPPは既に大枠は合意されており、今年中には議論が終わる。しかし、日本が交渉に参加できるのは、米国との事前協議・正式協議を終えた半年後。日本がルール作りに参加する余地はほとんどない。日本と同時期にカナダとメキシコがルール作りに参加する余地がないなか、交渉参加を表明したが、これは日本の市場を狙ってのことである。

 野田首相は「国益の観点から交渉に臨み日本にとって有利なルールを作る」というが、そもそも「日本にとって有利なルール」とは何なのかの定義がなされていない。日本に何が有利か定かでないのに、国益の観点から奪われてはならない農業、医療、知的財産権、政府調達、投資のルールを引っさげて、いったい何を得ようというのだろうか。

手をとれる国がない日本

 また、TPP交渉参加国の顔ぶれを見ると、日本と利害が一致し協力できる国はない。日本は内需が大きい工業品輸出国で、農業競争力は脆弱、高賃金労働国であるが、交渉参加国の経済構造は真逆である。

 米国以外は外需依存の小国で、米国も今や輸出志向。そこに内需大国の日本がのこのこやってくる。また、シンガポールを除いて一次産品の輸出をしており、農業を守りたい日本にとって不利。そんな国々に囲まれて、どうやって日本に有利なルールを作るというのだろうか。韓国がTPPに参加しないのは、この国の経済構造は日本と似ており、TPP交渉参加国とは利害が一致しないからである。

 この協定は実質的には日米協定であり、日本に有利なルールにするには、米国との対決になる。しかし、日本に米国と戦えるだけの交渉力はあるだろうか。

発言の訂正すらできない日本の交渉力

 11年のAPECで野田首相は全ての品目を交渉のテーブルに着けると明言したと、ホワイトハウスが報じた。当の首相はそのような発言はないと言っているが、ホワイトハウスに訂正させることができていない。日本の交渉力は、発言の訂正もさせられない程度なのだ。この状態で、手負いの米国を相手に日本に有利な交渉はできない。

 10年の菅前首相の演説はもっとまずい。外交の場で「日本は今また国を開く」などと発言し、閉鎖的なイメージを植えつけた。外交とは、自国がいかに素晴らしいかを見せつけることである。国際会議の場で、会議の議長であった菅前首相が自国を貶める演説を披露する愚かしさ。日本は交渉力のなさを露呈し、有利な交渉は望めないことを確定させた。相手国の市場は開けず、自国の市場を開くのみであることを決定づけたのだ。

日本は既に開かれた国 焦点は非関税障壁に

 実は日本は全く閉鎖的ではない。日本の関税率は全品目で低く、農産品に関しては韓国やEUより低い。(図2)

 食糧自給率が低く、農産物を輸入に頼っていることにほかならないのだが、いかに農業が国際的に開かれているかの裏づけでもある。

 もともと関税はないに等しい。こんなに関税率の低い国が「開国」を宣言したのだから、焦点は食の安全、言語、文化、そして医療といった非関税障壁に移った。非関税障壁には商慣行、労使慣行、言語、文化も含まれる。これらが撤廃されれば、日本語すら使えなくなる。報告書を英語で書ける人間がどれだけいるだろうか。地方経済は立ち行かなくなる。

図2 主要国の平均関税率

米国ロビイストと日本の首相の発言が一致する不可思議

 クレイトン・ヤイターというレーガン政権時代の通商代表を務めたロビイストがいる。彼は日米半導体協定やカナダとの自由貿易協定の締結に従事した。のちに、米加自由貿易協定について、「カナダ国民は何に調印したのかをわかっていない。彼らは、20年以内にアメリカ経済に吸収されるだろう」と発言している。日本がTPPに参加したら彼はこう言うだろう。「日本国民は何に参加したのかわかっていない」と。

 このヤイターは、日本にTPPに参加するようアドバイスを送っている。驚くべきことに、彼のアドバイスと、菅前首相の発言や日本のTPP推進論者がメリットとして挙げていることがピタリと一致している(下表)。

 私は米国の農業ロビイストが日本の世論・政治を支配しているという陰謀説を唱えたいのではない。「米国の元政府高官がTPPに参加すべきと言っているから、TPPに入らなければいけない」という報道がされる、日本のメンタリティーに問題があるのだ。

米国ロビイストと管前首相のTPPに対する発言の比較

世界的な水不足と日本の低い食糧自給率

 最近食糧の価格が異様に上がっている。世界では水不足が心配され、食糧価格が引き上がっている。日本は食糧を海外からの輸入に頼っているので、輸入食物の価格が上がれば、自然と日本の所得は海外へ移っていく。日本は金があるので輸入品を買うことができるが、日本が大量に海外から食糧を調達したら、海外での食糧価格がさらに上がる。すると、食糧価格の高騰に苦しむソマリアなどではもっと人が飢えて死ぬのではないか。果たしてそれでいいのか。

 特に問題は米国のコーンベルトである。本来大平原のはずのコーンベルトは、野生動物の駆逐と地下水の灌漑によって穀倉地帯となった。その地下水の水位が下がっていることが問題視されている。そこで水不足が心配され、投機マネーが食糧に殺到し、価格を跳ね上げているのだ。

 石油危機の時は、値段が跳ね上がっただけで、石油はまだ途絶していない。しかし食糧は簡単に途絶する。米国はこれを輸出倍増戦略の狙いに定めている。

狙われる非関税障壁

 オバマ大統領の輸出倍増戦略は、米国の輸出製品として30%を占めるサービス輸出の3倍増を掲げている。サービス輸出とは、銀行、保険、医療、電気通信、知財、メディア等々の非関税障壁の改廃だ。

 米国は特に日本の保険市場を狙っている。米国では08年に世界最大の保険会社AIGが破綻し、巨額の税金を投入し救済、国有化した。米国の保険市場は赤字状態だ。米国内で救済は不可能と踏み、世界で2番目に保険市場の大きい日本を標的にした。

米韓FTAという無惨な前例

 日本は米韓FTA(自由貿易協定)を見習うべきである。この協定において、韓国は惨敗だ。米韓FTAで韓国が得たものは、コメの自由化の阻止と、無意味な関税撤廃だけ。しかも、コメの自由化に関しては米国のカーク通商代表が今後こじ開けると米国内で明言している。関税はすでに低関税(自動車2.5%、テレビ5%)のうえ、海外生産が進んでおり、実質無意味だ。

 反対に、韓国が差し出したものは大きい。医療関係では、このFTAで、米国の医薬品メーカーが薬価に不服を申し立てられる第三者機関が導入されてしまった。どこの国も薬価は低いものだが、それに対して米国が文句を言える制度になったのだ。韓国の医薬品の価格は高くなる。

 韓国のチョン・テイン元大統領秘書官は、「主要な争点で韓国が得たものは何もない。米国の要求はほとんど飲んだ」と臍を噛んでいる。

ISDの危険性

 米韓FTAに導入されたISD(国際紛争手続き)は、海外投資家が投資対象国の政策によって不利益を被った場合、国際仲裁所に対し、当該国を訴えることができる制度だ。国際機関だから平等だと思い込んでいるのは日本だけで、この仲裁所の審理は?観点が経済的被害の有無のみで、政策の社会的な正当性(公共の福祉)は考慮されない、?非公開かつ判例に拘束されないので、何を議論されているのか、これからどうなるのかが分からない、?上訴できない―といった問題点が指摘され、欧州・カナダなどから激烈な批判を浴びている。

 NAFTA(北米自由貿易協定)にもISDが導入されているが、この国際仲裁において、米国政府は負けなし。カナダ・メキシコ政府は米国の企業に訴えられ、多額の賠償金をむしり取られている。

 

 野田首相は「国益の観点から交渉に臨む」というので、ISDを拒否しているだろうと思いきや、ISDは「我が国が確保したいルール」の中に含まれている。「日本の企業が進出した時に対応できるように」とのことだ。間抜けなのは、日本が訴えられるリスクについて考えていないことである。米国企業相手のISDに対する警戒感がなさすぎる。

TPP不参加は日米関係に影響なし

 日米同盟を気にする人がいるが、日米同盟とTPPは関係ない。米国が日米同盟で日本に基地を置くのは軍事戦略上必要だからであって、日本人を守るためでない。日本がTPPに参加しないことを理由に、米国が日米同盟を放棄することはありえない。普天間基地の問題で揉めたからTPPでご機嫌を取ろうとしているが、軍事問題を経済問題で処理するのは不可能だ。そればかりか、「金で自国民を守ってもらおうとした」と印象づけることになる。

 また、米国は民主主義を建国の理念とし、世界における民主主義の守護神を自認する特異な国家である。ゆえに、日本が国民運動の果てにTPPを国会で否決したとしても、米国はそれを尊重せざるを得ない。

 エジプトの革命時にも、親米のムバラク政権は助けを求めたが、米国は応じなかった。同盟国だからこそ、民衆に反米感情を持たれたくなかったのだ。イラク戦争の時にもメキシコが反対したが米国による制裁はない。もはや米国には、自国の意向に逆らう国家に対し、懲罰を加える能力はないのだ。TPPを否決したところで、日米関係が悪化することはないと言い切れる。

民意を無視した首相の参加表明

 日本の大手マスコミがTPP参加を煽ったにも関わらず、議会制民主主義はまともな動きをした。交渉参加の表明に賛成しているのは、野党ではみんなの党だけ。与党では国民新党は反対、民主党内ですら、検討を委ねられたプロジェクト・チームは「慎重に判断すべき」というとりまとめに落ち着いた。TPP反対の請願署名には衆参合わせて過半数の国会議員が紹介人になっている。昨年10月中旬の共同通信社の調査では、賛成を表明した知事は6人に留まっている。民意はTPP交渉参加に「反対」だ。しかし、野田首相は民意を踏みにじる形でTPP交渉に参加の表明をしてしまった。

民主主義は政府を止められない!?

 実は、交渉参加表明に民主的なコントロールは不要である。憲法第73条第2号「外交関係の処理」は内閣の専権事項で、国会の承認はいらないとある。そのため、国会や国民への説明は必要とされない。「条約に文句があるのなら批准を国会で否決しろ」というのが政府の言い分だ。しかし、ここに落とし穴がある。条約批准は予算案と同様、衆議院優越だ。たとえ参議院で否決されても、衆議院の決定が優先されるので、現行の政治勢力でTPPを民主主義で阻止する手段はない。

 また、戦後日本において、政府が出した条約案を否決した例はない。TPP批准の阻止には、憲政史上に残る大仕掛けが必要だ。

「自由貿易は良いこと」という思い込み

 貿易の自由化が常によいとは限らない。自由貿易の最大のメリットとは、安い製品が輸入でき、かつ競争が激化して生産性が上がることだ。しかし、今の日本はデフレで需要が少なく供給過剰の状態。こんな中で生産性を上げてしまえば、需要と供給のギャップが拡大し、デフレはさらに進むことになる。生産性の向上はデフレ下ではやってはいけないのだ。

 輸出もデフレになることがわかっている(図3)。80〜90年代は、輸出額が増えるほどに一人あたりの給料が上がっていたが、2000年代になって、輸出を増やしても一人あたりの給料が下がり、労働分配率も下がるという現象が起こった。この原因は「グローバル化」だ。このとき、中国やインドの低賃金労働者が大量に参入し、先進国の企業はこれらと戦わなければならず、労働者の給料を上げることができなくなった。企業の国際競争力とは、人件費のカットとデフレがともなう。企業が国を選ぶ時代だといってグローバル化に迎合した日本だが、「企業が国を選ぶ時代」とは、企業と国民の利害が一致しなくなるということである。

 日本が輸出で成功できていたころは1ドル110円の円安だったが、現在は円高である。さらに、08年の米国住宅バブルの崩壊で、輸出主導の成長の道筋は閉ざされた。この状況下で円高のハンディを背負いながら輸出主導戦略に舵を切る意味が分からない。仮に日本が輸出で貿易黒字をため込むことに成功しても、変動相場制なので、通貨が高くなり、国際競争力は相殺される。TPP推進論は何から何まで間違っているという話である。

図3 輸出国と労働分配率 一人当たり給与の推移

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