医療の不確実性を考える(17)

医療の不確実性を考える(17)

福島・大野病院事件の無罪判決を聞いて(3)

弁護士 莇 立明

医療版事故調委員会について

 この判決を聞いた意見には、今、数次の試案も出て検討中の厚生労働省の事故調査機関の設置をはじめ、各府県にも、公正、公平な第三者調査機関の設置を急げとするものが多いことは既に述べたとおりである。問題は、この医療版事故調機関をどのように組織すれば、事故の真相、真実を掴みだしまとめ上げるものと成り得るのか、公平、公正と言うけれども、事故の医学専門的な実相が究められないのに、専門家以外の第三者としてマスコミ代表、患者側弁護士、一般的有識者など外見上、公平、公正らしさを有する人達を加えさえすれば、そのような機関で審議した結論が適正、適切、かつ妥当なものとなると単純に言えるのか。ここに、本質的に不確実性のある医療について、医学専門的に検討しての当否の判断の難しさがあり、複数の専門医師による総合的な意見が必要であろう(日本産婦人科学会の見解)。当該医療が複数診療科に跨がる場合は尚更である。

 熊本くわみず病院院長大石史弘医師は「厚生労働省の医療安全調査会は、第三者機関で検討した報告書だというが、刑事・民事の訴訟で使用される可能性がある。とすれば当事者は本当のことを言わないからこの機関が再発防止や真相究明の機関として機能するかは疑問である」と言う。また、「第三者機関で扱った事例で重大な過失のものは警察へ報告するとあるが、重大な過失の定義が曖昧で個人の価値観で違う」「報告書が民事で使われるとすると紛争をむしろ誘発する」と述べられる(医療事故センターニュース246号)。

日弁連人権大会の提言

 過日、日弁連人権大会が富山市で開催され、日弁連で初めて医療事故がテーマとなった。そこでは、事故発生の際の病院内外の事故調査の重要性が指摘され、特に、外部に公表されることへの医療側の危惧が事故の被害救済、迅速、公平な解決を遅らせていることに問題があるとされた。しかし、内外の医療事故調査制度を公正、中立的な第三者的な機関として整備充実させるためには、併せて医師・看護師などの不足、過酷な労働環境、人的・物的な医療供給体制の悪化が医療の質や安全性を脅かす原因にもなっていることを関係者の多くが認識し、医療事故防止のためには国がまず優先して取り組むべき求められる医療の条件整備のための多面的・総合的課題の多いことが提言された。

大野事件判決の教訓

 「世界」10月号に朝日新聞編集委員出河雅彦氏が医療版事故調の課題について書いている。「評価能力を備えていない者が調査を行えば、原因究明や再発防止に役立たないばかりか、特定の医療者に対して医療水準以上の注意義務を課し、その医療者が不当に法的責任追及の矢面に立たされる危険がある。それが今回の大野事件の最大の教訓ではなかろうか」と。

 大野事件の加藤医師は、判決直後の記者会見で、福島県当局の調査報告書の内容に違和感を持たなかったのかとの質問に答えて「違和感があり抗議したが、患者さまの補償のためにということを盾に、何も言わせていただくことのできない状態となった」と述べている。

 福島県立医大や日本産婦人科学会の複数の関係者からは、「医学的に見れば報告書の評価は適切とは言えない。しかし、県から誤りを認めるように要請されたのでは仕方がなかった」との発言が続く。「出産事故の死亡や障害に対する無過失補償制度がないから、医師有責を前提とする医師賠償責任保険金を支払ってもらうためには、何らかの問題(過失)があったとする必要があった」とのことである。

 公正、公平で適正であるべき県当局の事故調査機関が、このような患者側への補償金支出を当初から目的としていたのであれば、加藤医師を刑事事件犯人とする方向は当初からの予定された筋道であったというべきであろう。この判決を契機に出産事故について損害の無過失補償制度が発足することとなったが、これは問題解決のためのわずかな一歩に過ぎない。

ページの先頭へ