医療の不確実性を考える(16)

医療の不確実性を考える(16)

弁護士 莇 立明

福島・大野病院事件の無罪判決を聞いて(2)

1カ月も医師は「ブタ箱」に勾留された

 被告人となった医師は、事故後、1年以上も診療行為を続けてきたし、福島県の事故調査委員会の調査にも応じてきていた。であるのに、警察は遺族感情も厳しいとして医師を突如逮捕し、供述が変遷し証拠隠滅のおそれがあるとして、約1カ月にわたって医師を勾留したのである。県当局の事故委の調査が目的を「遺族への補償金支給のため」として医師の過失を前提とした調査になってしまったことも大きな問題である。これでは、医師が逮捕されて捜査機関に対して過失を否認することは余程の勇気と信念を要したことであろう。

 1カ月も警察のいわゆる「ブタ箱」に入れば、否認事件だからと家族などとの接見、面会も制限されるし早く「娑婆(しゃば)」へ出たい一心でやっていないことも、つい、意思に反して認めてしまうのが普通である。意思に反した自白調書が作成され、裁判では決定的な有罪の決め手になる。自白調書を公判でひっくり反すことは至難である。裁判官も容易に自白の撤回は認めない。この事件もおそらく医師の自白調書が警察・検察によって作成されており、証拠として法廷に出ていたものであろう。

 裁判の通常の経過をたどれば、法廷で被告人が自白をひっくり反し、犯行を否定しても有罪となる確率は極めて高く、否認したことについては反省の態度が認められないとして重い刑罰(執行猶予が付かないで実刑となる)となる可能性が高いのである。被告人としては、警察・検察での自白について何故、意に反することを述べたのかを法廷で弁明したであろう。最高の学識と知識人である被告人がそのような屈伏を強いられた状況を法廷で供述するのは苦しみであったと推察される。

 判決は熟慮された上の英断的・画期的なもの

 裁判官は被告人医師の述べることを聞いて、これら捜査機関での供述調書の自白の信用性を排斥したのであろう。画期的なことである。おそらく、捜査調書における医師の自白は捜査官の誘導にのって医師が自白させられたもので医学専門的に見ても不自然な内容のものであったと推定される。このような決断を裁判官がするに至った動機・理由はやはり法廷における弁護側の鑑定証人として出廷した3医師(胎盤病理の専門医中山雅弘医師、周産期医療専門の東北大教授岡村州博医師、同じく宮崎大学教授池ノ上克医師)の専門的な証言内容が決定的なものとなり、検察側の癒着胎盤を鑑定した病理医及び警察が依頼して鑑定書を作成した産婦人科腫瘍学の新潟大教授の証言を圧倒したものと考えられる。

 ここでも、医師のミスの有無の決め手は産婦人科領域の専門医達の意見により裁判所が判定しているが、これら専門的証言がなければ裁判所が判断できるものではない。医療事故調査や判断の主体には医師のみでなく公正な第三者(マスコミ、患者団体代表、弁護士など)を参加させろとの意見が多いのであるが、医師のミスの有無の判断は科学的、専門的な知見が必要であり疑問である。

 この判決は捜査の状況や起訴前の県当局の事故調査委の状況から見ても有罪とされても不思議のないものであったが、蓋を開けた結果は、裁判官の熟慮の跡と英知が煌めいている画期的な結論となっていた。日本の医療界にとっても医療裁判の方向にとっても未来への展望を切り拓く可能性のある立派な判決であり、裁判所の判例の歴史に残るものであろう。

【京都保険医新聞第2659号_2008年10月6日_5面】

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