医療の不確実性を考える(15)

医療の不確実性を考える(15)

弁護士 莇 立明

福島・大野病院事件の無罪判決を聞いて(1)

福島地裁の無罪判決がもたらしたもの

 8月20日、福島地裁は妊婦の癒着胎盤を剥離して大量出血死させたとして刑事起訴された大野病院事件について、医師の無罪判決を言い渡した。マスコミは大きくこの結果を報道し、各紙は概ねトップ記事とし、社説などでも論評するなど多くの紙面を割いた。

 医療界はもとより、各界の識者や市民が判決結果を聞いた意見、感想を述べている。それらは、無罪の結論に対して賛成、反対に分かれたといえるが、医療への刑事介入には慎重であるべきとする判決の姿勢に概ね賛成の上で、事故の真相の解明、今後の事故処理、事故防止対策に及ぶものがほとんどであり、今、検討中の厚生労働省の事故調査第三者機関の設置を急げとする意見が多く見られた。

 このような世論の動向を反映してか、早々に警察庁長官は医療行為への捜査は判決を踏まえて今後慎重適切であるべきとの談話を発表し、検察側はこの事件の控訴を断念し、判決は確定した。この結果、当分はこのような医学専門的な高度の知的判断によるべき医療行為に対していきなり警察が捜査介入し刑事事件として立件することは抑制の傾向となるであろう。

 また、懸念された医師法21条の「異状死」についても、届出義務のある範囲は「法医学的にみて通常と異なる状態で死亡している場合」であり、「診療中の患者が診療を受けている疾病によって死亡した場合」は異状の条件を欠くことが示されたのである。患者が医師の医療過誤だと言い張るだけで、異状死扱いとはならないことがはっきりした。

 違法性の程度の低い民事的違法の領域で処理すべきものについてまで、可罰的範囲を拡大して異状死として届出義務を医師に課する近時の取り扱いの変更(従来の慣行に反する)は改められることとなろう。

 今、発足の途上にある厚生労働省の医療事故調査の第三者機関の設置の方向はこの判決の考え方を入れて、警察・捜査の介入を限定・制約する方向で軌道修正されねばならないであろう。

民事的違法と刑事的(可罰的)違法の違い

 通常の病気の治療過程において予想外の急変などで患者が死亡した時、遺族は医師にきっとミスがあったとして謝罪を含む説明を求め、納得しないと医療被害として訴える。

 医療のどこにミスがあったのか不確かなままに、性急にミスを認めさせ謝罪・賠償を迫る。医療は本質的に不確実性があり、ミスの有無は専門的な高度の判断が必要であるが、無視される。賠償の要否を決めるミスの有無の判断は最終、民事裁判で決せられ、民事的違法として違法性の程度も低い段階のものでも過失と判断され賠償を命じられるのである。

 しかし、刑事事件になるのは、ミスの程度がひどく質的にも重大な場合で、刑罰を課す程に重いものに限られる。これを可罰的違法と称して、法律学では民事的違法と明確に区別しているのである。しかるに、最近は、この民事的違法と刑事的、可罰的違法との限界が不明となって医師にミスがあれば警察が捜査して当然、ミスを認めない医師は逮捕すべきだなどの暴論が跋扈していた。マスコミなどが医療被害を煽ったことも原因である。

 今回の判決で、このような点にも反省のきっかけとなるであろう。

【京都保険医新聞第2657号_2008年9月22日_5面】

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