医療の不確実性を考える(12)
弁護士 莇 立明
「医療死亡事故」に対する政府の「調査委」設置立法の動きを考える(1)
かねて、医療死亡事故の死因を究明する第三者機関の設置を検討していたとする厚生労働省が、本年6月13日「医療安全調査委員会」設置法(大綱)案を発表した。これは、医療法の一部改正を伴うものである。
医療事故の内の「医療事故死等」についてのみ対象とするものであり、その原因究明のための調査機関として、中央に調査中央委員会を各地方に各地方調査委員会を設置するという。
「医療事故死等」とは、「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」(当初案では「重大な過失による死亡」とされていたが、医療界の反発を考慮して改めたとのこと)であり、(1)この誤りある医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡、(2)行った医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡で、その死亡を予期しなかったもの、と条文には定義されている。これによれば、医療事故死で医療過誤によるもの、又は、医療過誤によると疑われるものを含む外、医療過誤がなくとも、死亡が予期しなかった場合であれば対象となる。
このような、死亡事故が発生した場合、医療機関は24時間以内に調査委員会へ事故を届け出せねばならない。これに違反した場合、また、同委員会による医療機関への立ち入り検査を拒否・妨害したり、カルテ提出を拒否したり、虚偽の証言をした場合には医療機関関係者に30万円以下の罰金を科する。調査委員会はこれら事故について警察へ通報する義務があるとのことだ。
しかし、患者の医療死が、「誤りある医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡」との判断は誰が行うのであるのか、だれが見ても明らかにミスある医療に起因した死亡は論外であるが、当該医師が医療に誤りがないと確信しているのに死亡の事実から患者側が医師の誤りを疑った場合は、「又は起因すると疑われる死亡」に入るのか、医療に素人である患者側の疑念と通報で届け出・報告義務が医療機関側に発生する可能性がある。現実、紛争や訴訟に発展する医療事故の多くは、医師の過失の有無を巡って患者側と医療側との見解の対立がある。その判定は最終裁判所が下すのであり、それまでは患者は医療被害者であるか否か不明である。武器も対等であるべきだとは患者側の主張であり、カルテの開示や立証負担の軽減―推定の多用―などいろいろな配慮がなされてきた。
今、ここに患者側が誤った医療事故死と疑っただけで、医療訴訟の開始前において、医療側が事故の届け出や報告義務を課され、患者側代表やマスコミなどの委員も加わった調査委員会の調査に応じなかったり、拒否した場合に、不利益のみならず刑罰まで科されることとなれば、医療行為にミスがあるか否かが裁かれる前段階で一方的な不利益を受け、訴訟における武器対等の建前も政府や行政の不当な介入によって崩れることとなる。
【京都保険医新聞第2650号_2008年8月4日_5面】