医界寸評
8月9日、保津川下りをした。トロッコ列車に乗るまでの間、日は高く街中は暑く、天龍寺では、眼光きらめき雷鳴をとどろかせ天空を一気に舞い降り登る天井画は見られず、ただ庭園を散策した。野宮神社で護摩木に祈願を記し、1本目はまず「世界平和」をと、この日は殊更に明記した。他の3本はいつもの家内安全、一病息災、学問成就とした
▼常寂光寺の山門をくぐると、長尾憲彰師の手になるとの憲法九条が掲示され、はっとする。参道の中腹には、「女ひとり生きここに平和を希う」と碑文にある。先の大戦で二百万人にのぼる若者が生命を失い、彼らと結ばれ得たはずの五十万人の女性が独身のまま自立の道を生きたとある。父が帰還し、母と結ばれ生まれた我ら団塊の世代も、戦争を知らない子どもたちのまま還暦を過ぎ、父母たちも平和の内に米寿を迎える年代となった
▼失うまで気付かぬ危険には、平和な日常生活の前日まで従順に信じ得た「TOMORROW 明日」(黒木和雄監督、1988年)が一瞬の閃光にかき消され、熱射と爆風に吹き飛ばされかろうじて残ったものも映像の中で再現されるしかない(「広島・長崎における原子爆弾の影響」1946年)。政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないよう、正義と秩序を基調とする国際平和を希求し続け、折りに触れ「それはなぜか?どの程度か?」と発問・主張し続けねばと思う。(卯蛙)