医界寸評

医界寸評

 この夏、父と温泉旅行をした。光陰矢の如しで米寿と還暦過ぎの二人には足元が覚束ない。タクシーで往復できる近隣旅館に二泊した。四十代の男を一人つけ、耳前の白髪濃淡を競うが如し。介護に要する労働対価が意外に高額で、老後の安逸には貯蓄が要ると痛感した

▼この冬、百まで生きよう会の世話人・眼科のN先生が惜しくも白寿で鬼籍に入った。葬式には行ったが、弔問客が多く、次の仕事へと過密で中座した。その頃から、平成5年に手術した右股関節部にまた違和感を覚え始めた。焼香欠礼の祟りではあるまいが、平成13年から久しぶりの疼痛再来で、5月には坐骨支持免荷装具を1年間の予定でまた装着し、リュックを背にステッキ2本と痛ましい姿に見える。頻回の病状質問には辟易するがその都度、装着すれば痛みが取れると病気自慢の説明に納得を得る。一たび手術ともなれば完全治癒は覚束なく、周期的な寛解・増悪では、その都度補整への努力を怠らず、患者には一病息災となる一生傷を負ったとの自覚が要る

▼この秋、学問成就へは天高く馬肥ゆる体力充足が必須。しかし、講演・学会発表、論文・随想執筆と締切日に追われ始め、特に後者は時間もかかり、期限・時間の遵守には至急夏ばてからの能率のよい回復が要る

▼さて、来春の温泉旅行も計画したが、全てを投げ出し、湯に浸りきり、もっと自由な時間がゆったりほしい。(卯蛙)

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