医師の診る風景 和束より(3)  PDF

医師の診る風景 和束より(3)

柳澤 衛(相楽)

往診事情の変化

 1990年9月に開業しました。国保診療所が入院体制を廃止してから、町内で2件目の開業でした。以前には2カ所に診療所があったようですが、後継がなく廃院となっていました。午前診は9時から12時まで、夜診は18時から20時までとして、午後は往診時間としました。

 現在では訪問診療に該当する患者にも、当時は往診と称して2週間に1回行くことが多くありました。そのために軽自動車を利用しました。自家用車は持っていますが、軽自動車の運転は経験がありませんでした。茶畑の中、かなりの奥まったところに民家があるのです。細い道ですが、すれ違うところがありません。農家が多いので、どこの家でも敷地の中にUターンできるところがあるのですが、それがわかるまではヒヤヒヤしていました。たぶん急峻な山道を軽トラでバックすることにかけては、和束の茶農家の方は日本でも有数のテクニックがあります。

 足の悪い方や腰痛の方、独居、昼間独居、高齢者が多くおられました。訪問すると、お茶の接待があり、お話を聞くのが楽しみでした。夏でも囲炉裏があり、ぬるいお湯があり、本当においしい玉露をごちそうしてもらいました。面白い方ばかりです。囲炉裏に周りのご老人が集まってきては、おしゃべりをしておられました。

 特におばあさんは話が上手でした。日本の女性のしたたかさと強さを感じることができました。私が今でも地域医療を志す先生に自慢していることは、往診での犬の診察依頼があったことです。「人が診れるなら犬も診れるやろ」と、要請があり、飼い犬の耳の水腫を穿刺して吸引しました。あとで獣医から、「よほど大人しい犬やな」と言われました。そんな訪問診療もいまでは週に5人ぐらいに減っています。

 極端な過疎で独居も減少してきたことと、介護保険の利用でのデイサービスが増えたことが考えられます。緊急時の入院、そして病状回復があるにしても、日常生活が困難な状態になり、介護医療施設への入所による転出が増えています。片道切符の救急搬送となります。もう少し病状回復やリハビリテーションができれば在宅療養も可能かと思われる方も、町外の施設への転院を余儀なくされています。

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