医師が選んだ医事紛争事例(9)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(9)

 
整形外科患者の肺癌の見落とし
 
(60歳代前半女性)
 
〈事故の概要と経過〉
 自宅の階段で足を踏み外し腰痛となり、A医療機関を受診後、約2カ月後にB医療機関を救急受診したが満床のため、その日に当該医療機関に紹介入院となった。入院時には胸部・腰部レントゲンを撮っていたが、この時点で医師は肺癌を発見していなかった。入院後はベッド周辺の歩行は可能で、風邪気味なので内科受診となったが、レントゲン撮影は患者が拒否したので実施しなかった。約1カ月後に息苦しさを訴え、レントゲンを撮ったところ胸水が認められた。ここで改めて入院当日のフィルムを確認すると、明らかに肺癌を疑う陰影が認められたので、患者の妹に癌の疑いがあることを伝えるとともにB医療機関に転院とした。
 医療機関側としては、患者は第3腰椎圧迫骨折、腰椎症性神経根症で整形外科領域の患者であったので、入院初日の胸部レントゲンについて、肺の部分まで注意がいかなかったのは事実である。しかしながら、仮に入院当日に肺癌を発見していたとしても、すでに末期であったので、患者の予後に大きな影響はないと推測した。なお、患者はその後に癌で死亡した。
 患者側は、入院時に肺癌を発見していれば、抗癌治療が可能だったのではないか。また、骨折の痛みが長期にわたり継続していることから、もっと早く癌を疑うべきだった。更に、仮にフィルムの見落としが患者の予後に影響なかったとしても、より充実した終末期を迎えられたとして、治療費の支払い拒否をすると共に、額の明示はなかったが賠償請求をしてきた。
 紛争発生から解決まで約3年4カ月間要した。
 
〈問題点〉
 入院当日のレントゲンフィルムでは、明らかに肺癌を見落としていた。患者が整形外科の患者であることは見落としがやむを得ないとする理由にならない。また、腰痛が圧迫骨折によるものとすれば、その期間が長過ぎると思われ、他の疾患を疑うべきであっただろう。したがって医療過誤は認められた。ただし、医療機関側の主張通り、この時点で患者は末期であったと考えられ、予後については、見落としがどれほど影響を与えているかは、判断が困難であった。時として、過誤があっても患者側への賠償額が明確にならない(精神的苦痛は別として実損がない)典型的な例であったと言える。
 
〈顛末〉
 医療過誤は認められたが、損害額が確定できずにいたところ、患者側からのクレームが途絶えて久しくなったため、立ち消え解決とみなされた。

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