医師が選んだ医事紛争事例(7)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(7)

 
適応外のコッヘル鉗子使用
 
(40歳代後半男性)
 
〈事故の概要と経過〉
 右精巣腫瘍の疑いから、腰椎麻酔下で右高位精巣摘出術を施行した。精索・精巣の剥離までは順調に経過した。精索を切断するに当たって、精索の可及的頭側とそこより約2�尾側をコッヘル鉗子で把持して、その間をメッツェンバウムで切断したところ、コッヘル鉗子の把持が外れたため、精索頭側の切除断端より出血を認めた。また、精索を創外へ緊張をかけて引き出しながら切断したので、止血すべき精索断端が創の奥の方(頭側の後腹膜腔)へ引き込まれて、出血点の同定が困難な状態となり、容易に止血できなかった。術野が出血のために不良の中で、やや盲目的にケリー鉗子で出血血管を把持し止血を試みた結果、更に頭側から出血した。そのため、部長に救援を仰ぎ、皮膚切開を約3�延長、更に麻酔を全身麻酔に切り替え、創を充分に展開し出血点を確認した。精索断端を結紮して止血、更に後腹膜腔より回盲部へ至る血管の損傷を認めたので、これも結紮して止血した。また腹膜を切開して、腹腔内の約3�大の血腫を除去した上で、腹腔からも回盲部付近の血管損傷を処理した。出血量は2112gに及んだが、輸血を行わずにアルブミン製剤の使用のみで手術を終了した。その後一定期間をおいて、患者および家族に口頭で謝罪した。約1週間入院が延長して患者は退院となった。
 患者側からは、口頭での謝罪以上の「誠意ある対応」を要求、医療面でも医療事故に対しては最大限の治療を要求してきた。
 医療機関側は、手術操作に過誤があったことは間違いない。精索を把持する際にコッヘル鉗子はその目的に適した道具ではないし、精索切断の際にはあらかじめ縫合糸で結紮しておくのが安全である。また出血後の止血操作に難渋した点も、手術の技量不足と言わざるを得ない。しかしながら、速やかに部長に連絡して救援を仰いだことで被害の拡大が防げた。術前の手術説明の際に準緊急手術でもあり、時間的な都合から家族を同席させずに、患者本人にのみ説明したことも問題であったと判断した。
紛争発生から解決まで約4年10カ月間要した。
 
〈問題点〉
 右高位精巣摘出術の適応は問題ない。通常の精索切断の際には、あらかじめ縫合糸で結紮し切断するべきところ、今回はこの前処置を行っていなかった。そのため、コッヘル鉗子が外れたことで精索頭側の切除断端より出血をしてしまった。また、コッヘル鉗子は溝の形から精索の把持には適さないにもかかわらず、その認識がなく使用しており、その点も問題であった。以上の点から、手術手技に問題があったと判断された。
 
〈解決方法〉
 医療機関側は全面的に過誤を認めて、賠償金額を提示したが、患者側からの要求が途絶えて久しくなったため、立ち消え解決とみなされた。医療機関側の「誠意ある謝罪」に効果が認められた、珍しい例といえる。

ページの先頭へ