医師が選んだ医事紛争事例(44)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(44)

説明義務違反を認めたケース

(50歳代後半女性)

〈事故の概要と経過〉

 十二指腸腺腫で初診。腺腫はサード・ポーションに8mmになったので、入院し翌日に全身麻酔下でEMRを施行したが、術中に3cm大の十二指腸穿孔となった。その直後に外科医師により開腹術を施行して、特に異常なく退院した。しかしながら、患者側は納得がいかないとして訴訟を申し立てた。

 患者側の主張は以下の通り。

 (1)手術前から渡されていた同意書は誤って検査の同意書であった。したがって、手術による穿孔のリスクは一切説明されていない。

 (2)手術同意書は術当日に看護師から手渡されたもので、直ぐにサインするように言われた。医師からの説明は一切なかった。

 (3)手術のリスクを説明されていたら、手術を受けなかった、あるいはより信頼できる医療機関に転院していた可能性が高かった。実際に腺腫を発見してもらった医療機関から信頼できると思った当該医療機関に転院してきた経緯がある。

 (4)十二指腸穿孔事故により、職場復帰が遅延してその結果、退職せざるを得なくなった。

 医療機関側としては、EMRについてのリスクは穿孔も含め説明し同意書もある。クレームを言っているのは、患者本人ではなく主に夫と患者の父親であり、患者はインテリジェンスにも問題がなかったので、家族にまでは術前の説明をしなかった。EMRの適応については、腺腫は5mm以上であり、病変の形に変化が見られ悪性の可能性もあったので問題はないと医療過誤を否定した。

 紛争発生から解決まで約1年間要した。

〈問題点〉

 診断、適応、手技、事後処置についてはほとんど問題ない。

 診断については生検による病理学的診断で腺種とされている。

 切除適応については病理学的診断で前述のように腺種と診断され、かつ病理コメント内でEMRなどを用いた病変全体の摘出ならびに病理検索、もしくは厳重な定期的経過観察が望まれると記載されていること、更には定期的観察にて腫瘍が徐々に増大傾向にあったことを考えると切除適応に問題はなかったと考えられる。十二指腸腺腫でがんに至った症例の報告がほとんどないとの記載があるが、同様の腺腫である大腸では症例数が多いため、がんに至る例は少なからず認められることを考慮すれば、十二指腸では症例数が極めて少ないためと思われる。十二指腸でも大腸症例に準じて処置されるべきである。

 手技については、通常のEMR手技に則って施行されている。術者は内視鏡専門医として、診断、治療の分野で多くの経験を積んでおり、当該医療機関でも内視鏡分野での中心術者として多くの治療を行っている。十二指腸腫瘍については比較的稀な疾患であるので内視鏡的治療の経験症例が少ないが、技術的に大腸と同様の手技であることより、大腸の内視鏡治療経験例の多い術者が通常のように施行しており、特に問題はない。

 事後処置についても穿孔と診断し、クリップにての操作を試みているが、不成功に終わったので、外科的処置に早期に踏み切ったことは適切な処置である。

 説明(インフォームド・コンセント)については、患者側が問題にしている点であった。内視鏡的消化管ポリープ切除術同意書の中に、合併症として消化管穿孔の可能性、出血の可能性などが記載されており、同書類に本人および夫の同意する旨のサインがなされており、基本的には問題はないと考えられる。ただし、患者側は穿孔の危険性についての説明がなかったと強く主張していて、説明が十分でなかったとの疑問は残った。カルテ記載に「EMRについて説明」とあるが、穿孔などについて具体的に詳しく記載すべきであった。カルテ記載の内容が大きな意味を持っていることより説明の内容が重要であり、この点は若干問題である。

 更に患者側は、家族を含めてこれらの点を説明すべきと主張している。すなわち本人には説明がなされ同意されたものの、家族に十分それらの内容が伝わっていなかった可能性があった。説明(インフォームド・コンセント)については、医療機関側→本人→家族、もしくは、医療機関側→本人・家族(同席)のいずれかで行われる。しかしながら、最終決定はインテリジェンスのある成人の場合、本人が行うべきである。

 ただし、決定の段階で家族に相談して決めるのも、本人の意思のみで決めるのも本人の自由である。患者自身はインテリジェンスに問題がなく、充分説明すれば、その後家族と相談するかは本人自身が決定することである。家族が危険性を聞いていれば手術を受けなかったとの認識は疑問であった。すなわち、通常の成人が自分の問題を決定する時、家族と相談するか否かは医療機関側の問題でなく、患者側の問題である。家族が本人の話を聞いて、心配ならびに疑問の点があるならば、家族が医療機関に対して説明が聞きたい旨、要請すべきである。ただし、本人に説明するにあたって家族の方に相談しても結構ですとの一言があっても良かったかとも考えられた。

 今回の内視鏡治療にあたって、通常と異なる手術室で行ったことは、術者側が通常よりもリスクがあると判断していると考えられることから、家族が主張しているように20〜30分の簡単でリスクのない手術と本人が理解し、家族に相談の必要がないと判断していれば、リスクについての説明不足の点は医療機関側に落ち度があったことは否定できない。いずれにせよ同意書のみならず、カルテ内のEMRについて説明したとの項目で、もっと説明内容を具体的に詳細に書くべきであった。

 以上のように本件は診断、適応、手技、事後処置には大きな問題はないものの、治療についての説明に疑問点が指摘されると考えられた。

〈結果〉

 医療機関側は、最終的に説明義務違反のみ認めて、賠償金額を提示したが、患者側はその額に納得をしなかった。裁判では和解額が提示され、その額で和解に至った。なお、和解金額は訴額の約2分の1であった。 

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