医師が選んだ医事紛争事例(43)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(43)

経管栄養食を胃瘻チューブでなく点滴ルートに誤注入—過去にも同じ事故が…

(80歳代後半女性)

〈事故の概要と経過〉

 左変形性膝関節症で入院していた。慢性心不全と腰痛があり寝たきり状態で、食欲不振のため胃瘻を造設した。ラシックスとジギタリスを投与、意識レベルは応答できる程度であった。准看護師が経管栄養食を胃瘻チューブに注入すべきところを、留置してある点滴ルートに誤注入した。その数時間後、看護師長が患者の表情の変化に気づき原因を調査したところ、誤注入が原因であることを確認し、心マッサージ等の処置を行ったが、患者は数日後に死亡した。医療機関は異状死として警察に事故を報告した。なお、患者の余命は1〜2年であったと推測された。

 患者側は、身内に看護師等、医療従事者がいるので、当事者の准看護師を責めないでほしいと当初は発言していたが、医療機関側の提示した賠償金額に納得がいかず、訴訟を申し立てた。

 医療機関側は、9年前にも同様の事故を経験しており、再発防止に力を注いできたはずであった。今回の事故の当事者は、ベテランの准看護師であったが、日々の業務に惰性的な動きが見られるようになっていた。院内の医療安全対策の強化を徹底しなければならないと改めて反省をした。なお、事故後は胃瘻と点滴のチューブのサイズを変更して、同様の事故が起こり得ないように安全対策を強化した。

 紛争発生から解決まで約3年6カ月間要した。

〈問題点〉

 胃瘻チューブと間違って、点滴チューブに経管栄養食を誤注入したものであり、そのこと自体は明らかな医療過誤である。患者が頻回にわたり自己抜去するので、点滴チューブと胃瘻チューブを、寝間着の下の近い位置に通してあったことが、誤って点滴チューブに注入した原因のひとつと考えられた。更に、両者のサイズが同一であったことも挙げられる。

 医療従事者の十分な注意が必要であるが、このようなヒューマンエラーを起こさないためには、医療機関としても使用する医療器具について十分考えていく必要がある。

 また、9年前に同様の事故を経験していたにもかかわらず、医療器具を見直すなど、実施可能であった対策が実行されず、事故の再発が防止できなかったことは、賠償問題とは別に大きな過失と言わざるを得ない。可能性としては、業務上過失致死罪で告訴される場合もあり得ただろう。

 なお、医療機関はこのケースを異状死と捉えたが、外表に異状があることが条件である医師法21条の「異状死体」に該当しない可能性が高いと思われる。結果的には業務上過失致死には至らなかったが、医師法21条は別として、警察に届けたことを判断の誤りとは言えないだろう。

〈結果〉

 裁判所からの勧告に従い、和解金を支払い和解した。なお、和解金額は訴額のおよそ5分の3であった。また、和解して誠心誠意謝罪することで、刑事事件に進展する事態は避けられた。

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