医師が選んだ医事紛争事例(39)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(39)

血管療法に関する敗訴例

(70歳代前半男性)

〈事故の概要と経過〉

 左下肢の痺れで当該医療機関の整形外科より内科へ転科した。MRAの結果、下肢動脈の閉塞(左総腸骨動脈ほぼ100%、左外腸骨動脈90%、左大腿動脈70%)を認め、閉塞性動脈硬化症と診断した。薬物療法を開始したが効果がなく、患者本人から血管内治療を希望したため、経皮的下肢動脈形成術(PTA)施行を予定した。本人・家族への術前説明では、出血、血栓形成、急性動脈閉塞等の合併症の可能性は言及したが、合併症が発症した後の病態については説明しなかった。また、左下肢の所見から左下肢治療を同足から行うのは無理と判断して、右下肢からのアプローチにすることを本人には確認したが、家族への説明は行っていなかった。手術開始してシース挿入したが、右下肢の痛みを訴え拍動も弱くなり色も悪くなったので、結局、右下肢からのアプローチを断念した。更に右下肢からのアプローチ中に、左下肢の動脈閉塞を惹起して虚血に陥ったため、左下肢の治療と左下肢のアプローチに変更した。右下肢の痛みは血栓による虚血であると判断して、ヘパリン、ウロキナーゼとペンタジンを投与した。左下肢の2カ所の動脈形成後、左からのアプローチで右下肢の血流回復に努めたが不能。そこで家族に外科的右下肢動脈血栓除去術の説明後、手術を開始した。塞栓子を血栓と判断し血栓溶解剤を投与していたが、血栓は溶解しており、実際には粥腫が右下肢に飛来したことが判明した。右下肢の血流が再開したが、術後、横紋筋融解による急性腎不全、右下肢の運動・知覚障害、右足先の一部壊死などが発症した。

 患者側は急性腎不全、右下肢運動機能全廃、右足趾の一部壊死などの発症は、手術ミスによるものであるとして、治療費、慰謝料を請求した後に、訴訟を申し立てた。

 医療機関側は、術前の説明では、合併症発症後の病態を説明していなかったこと、また、左下肢治療の右下肢からのアプローチを家族へ説明していなかったことについて不十分であったと判断した。また、術中の右下肢の痛みについては、血栓によるものと考え血栓溶解剤で対応した判断は甘く、早期に外科手術をしていれば高度障害は回避できたとした。

 紛争発生から解決まで約4年8カ月間要した。

〈問題点〉

 閉塞性動脈硬化症の治療法では、まず薬物療法を数カ月行い、その治療推移を見て、観血的血管療法を行うのが通常であり、今回は当該患者が希望したとしても薬物療法を開始して3週間余りで血管療法を行っており、治療法の変更に問題がないか疑問であった。更に、それに伴う血管療法の説明も不十分であり、事前検査も心電図では安静時のみ行うなど不十分であると言える。また、手術の開始直後に、右下肢からシースが左の大動脈分岐部を越えることができない時点で、右下肢からのアプローチを中止する等、この時点で検討を行う必要があったと考えられた。また、右下肢の痛みを血栓のみと考えた点についても、粥腫による塞栓も予見すべきであったと考えられた。

 なお、患者側は判決額を不服として控訴をしたが結局取り下げた。その間の利息を医療機関側が持つことになり、若干納得のいかない展開であった。

〈結果〉

 医療機関側が過誤を認めて第1審を終えたが、判決額を不服として患者側が控訴した。ところが、半年も経たない間に控訴を取り下げたため、第1審の判決通り賠償金を支払い終了した。なお、判決額は患者側の請求額の3分の1にも満たなかったが、利息(単利年5%)だけで数百万円加算される結果となった。

ページの先頭へ