医師が選んだ医事紛争事例(34)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(34)

医薬品副作用被害救済制度(無過失補償)が有効に機能したケース

(40歳代後半男性)

〈事故の概要と経過〉

 心窩部痛が出現し、38・9度の発熱を認めるようになった。その後も、心窩部痛と発熱を繰り返したので救急で受診した。上部消化管内視鏡とエコー検査、CT検査の結果、肝臓のS1に3・5 cm、S8に3 cm程度の肝膿瘍を認めたため入院となった。入院直後は細菌性の肝膿瘍を疑い抗菌薬の投与を開始した。赤痢アメーバも疑いながら、患者に渡航歴等の問診を行ったが、原因と考えられる情報は得られなかった。数日後には肝膿瘍が拡大傾向にあったので穿刺を実施し検体検査を行ったが、アメーバ抗体価マイナスの結果であった。その後、S1、S8にそれぞれドレナージを実施した。この間患者の黄疸を認め、肝腎不全の状況になった。再度の検体検査で抗体価がプラスとなり、アメーバ菌による肝膿瘍と診断が確定した。治療としては、フラジールRの投与しかないとの判断で、肝腎不全の状況を考慮しながら通常量の半量の1125 mg/日の投与を開始した。その後1500 mgから2250 mgと段階的に増量し18日間の投与を行った。一旦フラジールRの投与を中止したが、胸水腹水の貯留が止まらず、38度の発熱も継続しているためアメーバ性の右胸膜炎を疑い、患者と相談の上、フラジールRの投薬を再開し、他の抗菌剤の投与は全て中止した。痙攣を訴え痺れが出現したため、フラジールRの副作用の可能性を考え投与を中止した。1カ月後には肝膿瘍は縮小して退院となった。しかし、フラジールRの副作用である末梢神経障害が強くなり、両手両足が痺れて動かすことができなくなり、筋力の低下を防止する目的でリハビリ治療を中心に当該医療機関に再入院し、他の医療機関へも通院した。また、医薬品医療機器総合機構(医薬品副作用被害救済制度)に申請して補償金が下りることとなった。

 患者としては、これまでの経過の中で主治医の対応が不満であり、診断に不信を持った。フラジールRの再投与の開始は過剰投与ではなかったのかとして、治療費等について賠償を求めてきた。

 医療機関側としては、原因菌を特定するためその都度適切に対応していた。アメーバ菌が原因菌と特定されてからは、フラジールRの投与しか選択の余地はなく適応はあり問題ない。再投与に関しても、他の原因は考えられずアメーバ菌が原因として胸水貯留が認められた文献もあり、フラジールRの再投与を行った。しかし、フラジールRに対する長期投与の安全性の確認や、アメーバ菌による胸水貯留を疑い、フラジール投与の効果を裏付けする資料が不足していた中で、主治医の判断で投薬を再開していることについて問題があったと反省した。

 紛争発生から解決まで約1年1カ月間要した。

〈問題点〉

 原因菌を特定する目的で、その都度検査を実施し適切に処置されている。患者の症状が重症化しているが、できる限りの処置を行って対処している。アメーバ菌が特定され、フラジールRを投与することに問題はない。ただし、医療機関が指摘するように、長期間のフラジールR投与に関し、主治医が後に製薬会社に確認したところ、通常量で10日間の投与で1クールとされている。日本で重症の末梢神経障害が8例報告されているとのことで、投与総量に比例し、障害度も重症化する相関関係にあることが判明した。そのため18日間の投与を行ったこと、さらに、アメーバ菌による胸水貯留を疑いフラジールR投与の効果を裏付けする資料がない状況の中で、さらにフラジールR使用を行ったことについて問題があると考えられた。

 なお、患者は医薬品副作用被害救済制度に申請をして補償金が下りていることから、医療機関側に賠償責任を問うほどの過誤がないと推定された。

〈顛末〉

 医薬品医療機器総合機構の医薬品副作用被害救済制度は、いわゆる無過失補償制度であり、そこから補償金が下りるということは、基本的に医療機関側に投薬の過誤がないと判断してよく、患者側も補償金が下りたことから、医療機関側の説明に理解を示し、賠償金を支払うことなく解決に至った。訴訟等の法的措置や弁護士の介入がなく、かつ医療過誤が認められない場合は、自然消滅的に立ち消え解決となるのが通常だが、この案件は患者側の理解を得るという、稀ではあるが理想的な形で終結することができた。

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