医師が選んだ医事紛争事例(22)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(22)

術中または術後の神経損傷は問題となりやすい
 
(50歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 右手根管症候群で横手根靱帯切離術を施行し症状が改善した。左手についても痺れの自覚症状と電気生理学的にも異常が認められたので、左手根管症候群の診断の下、5カ月後に左手根管開放術で横手根靱帯切離を行った。横手根靱帯下に粘膜鉗子を挿入し小指側を切離した。術後痺れは軽快し消失したが、左母指対立障害が起こり筋電図検査により、正中神経運動枝の損傷による対立障害と診断した。正中神経運動枝の損傷による対立障害に対し、損傷神経の縫合ならびに左母指が拘縮をきたす可能性があったので、左小指固有伸筋腱を用いた腱移行術を施行した。その後リハビリを続け左母指球筋の萎縮も改善された。手関節可動域:左・背屈50°、掌屈60°、右・背屈70°、掌屈60°、左母指IP関節可動域:0°〜30°で症状固定となった。
 患者側は弁護士を介して賠償金を請求してきた。
 医療機関側としては、正中神経運動枝の通っているところを確認するのは不可能である。この患者の場合、通常の経路に神経はなく正中神経運動枝損傷を免れることは困難で予見できなかった。仮に内視鏡下で行ったとしても損傷していた。よって医学的には不可抗力と考えられた。ただし、手術承諾書はあるが、対立障害が起こる可能性について説明はしていないので、説明義務違反の指摘は免れないと考えられた。
 紛争発生から解決まで約7年2カ月間要した。
〈問題点〉
 整形外科医師は15年の経験があり、診断・適応に問題は認められない。事後処置に関しても損傷神経の縫合ならびに腱移行術を行い、適切に処置され後遺障害も認められない。問題点として、㈰術前説明で対立障害の可能性について説明が必要であるか㈪横手根靱帯切離術の際、あるいは手根間での手術の場合に神経の位置確認が必要ではなかったのか—が挙げられたが、㈰は特に問題とされなかったが、㈪について、文献で絶対にこの神経を切断してはいけないと記載されているものがあり、不可抗力と断言できなかった。
〈顛末〉
 医療機関側が手技上の過誤を認めたにもかかわらず、患者側からの賠償請求が途絶えて久しくなったため、事実上の立ち消え解決とみなされた。

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