医師が選んだ医事紛争事例(14)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(14)

医療安全体制に不備が見られたケース

(40歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 硬膜外麻酔併用全身麻酔下で腹式子宮全摘術を施行した。タップ位置はL2〜3であった。直後に、単純レントゲンを撮影したが、カテーテルは写らないものを使用していた。続いて2日間、持続硬膜外鎮痛を行った。患者は手術直後に下腹部から下肢にかけて疼痛を訴えていたが、通常の術後鎮痛処置を行い、経過を観察した。しかし疼痛が治まらないためCT、MRを施行したところ、左腸腰筋の瀰漫性腫大が判明し、腸腰筋炎と診断した。MR所見では、左腸腰筋は若干の炎症は残すものの、腫大は右側腸腰筋とほぼ差のないものとなった。それからも加療とリハビリを続け退院となった。その後は整形外科で通院を続けた。
 患者は、パートの会社員であり、少なくとも3カ月分の傷病手当金の補償されない4割分を医療機関側に請求してきた後に、調停・訴訟を申し立てた。
 医療機関側としては、事故の原因は硬膜外カテーテルが左腸腰筋内に迷入して留置され、局所麻酔薬が筋肉内に直接注入となったことが推察されるとのことだった。また、以下の理由から、医療過誤とはすぐに判断できないとのことだった。
 (1)硬膜外カテーテル挿入の手技は通常通りに施行しており、経過中、異常は認められなかった(2)カテーテルの留置位置異常を調べるための局麻薬のテスト投与も施行して陰性であった(3)カテーテルが硬膜外腔から逸脱して腸腰筋肉に迷入した報告はなく、手技自体がブラインドでの処置であり、希有な合併症で予見が困難であった(4)合併症発見後の対応は迅速かつ適切であった(5)院長の判断で整形外科の治療費は自由診療として保険者にもレセプトを回さず、また、患者にも患者自己負担分を徴収しないと伝えている—。
 紛争発生から解決まで約3年5カ月間要した。
〈問題点〉
 患者は手術直後に下腹部はともかくも、下肢においても疼痛を訴えていることから、翌日には検査を実施すべきではなかったか。翌日は土曜日であったことから、検査がすぐにできなかったのだろうが、仮に翌日に検査をして腸腰筋炎と診断されていれば、もう少し早く退院できた可能性が高い。仮に鎮痛剤が必要以上の量で投与されていたとすれば、2日間も持続硬膜外鎮痛をしたことに疑問が出てくる。また、(5)で医療機関が報告している通り、整形外科の治療費に関して院長は患者に請求しないことを告げているが、これは一部でも医療過誤を認めたと患者側に誤解されても仕方がないことであろう。更に、医療安全の体制として、医療機関の事務が医療事故について知らされるのが遅すぎることが多々あるとのことであった。この点についても医療機関側に改善を望みたい。改めて医療安全は、院長の判断のみならず、医療機関全体で対応すべきことを今後とも啓発していきたい。
〈顛末〉
 裁判所の和解勧告に応じて和解した。なお、和解額は訴額の3分の1程度であった。

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