医師が選んだ医事紛争事例(11)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(11)

肝がんの診断の遅れ

(60歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 基本健診においてC型肝炎ウイルス陽性で、診断名は「C型慢性肝炎、高血圧」であった。治療は本来ならばインターフェロンが適しているが、当時の適応年齢は60歳以下で、強力ミノファーゲンの静脈内投与が必要であることを患者に伝えた。更に肝臓がんの併発の有無を確認する必要から血液検査、腫瘍マーカー、腹部エコー検査に対して十分な説明をした上で定期的に実施した。ところが患者は強い腹痛を認めて、別のA医療機関を受診した。腹部CT検査で肝臓がんが疑われ、諸検査の結果、直径4cm程度の肝腫瘍を認め肝臓がんと診断された。A医療機関における診断名は「C型慢性肝炎・肝がん・リンパ節転移・頚椎転移・脳出血」であり、手術適応がないので化学療法を継続した。
 患者側は、検査方法の落ち度、転院義務を怠った、肝がんの早期発見早期治療の機会を失ったこと等を理由に証拠保全を申し立てた。
 医療機関側としては、C型肝炎については何度も説明しており、初診時の年齢が適応外であったので、副作用の強いインターフェロンは勧めなかった。ただし、その旨のカルテ記載はなかった。エコー検査で若干の影が認められたので、CT検査の必要性も一応は考えたが、腫瘍マーカーが陰性であったことと、CTの被曝を考慮した結果、CT検査は施行しなかった。この点については反省すべきと考えた。また、もっと早い時期に高次医療機関へ紹介するべきであったかもしれなかったと反省した。
 紛争発生から解決まで約5年5カ月間要した。
〈問題点〉
 以下の点において、医療機関側に問題があったと考えられる。
 (1)C型肝炎ウイルス陽性の患者に対しては、まず肝がんの予防については早期発見、早期治療を考慮しなければならない。トランスアミラーゼ、血小板、腫瘍マーカーの推移とともに、腹部エコー、腹部造影CTなどによる画像による経過観察が必須である。この案件では、4年近い観察中に1度も腹部造影CTを施行していなかった。
 (2)インターフェロンの適応については、確かに当時はおよそ60歳までとされていたが、その3年後には、コンセンサスミーティングにおいて75歳までと引き上げられている。この点において、患者はインターフェロン治療の選択の可能性があったと思われるが、この治療法については医師からの説明がなかった。
 (3)腫瘍マーカーについては、AFPは、経過中に4回測定されているが、いずれも正常値であった。PIVKA-2も2回測定されているが、凝固系のPIVKA-2を測定しており、腫瘍マーカーとして機能していなかった。事実、A医療機関で測定した本来の腫瘍マーカーとしてのPIVKA-2は高値を示していた。 
 以上のことから、活動性C型肝炎に対して、スタンダードなフォローアップをしていれば、少なくとももっと早期に肝がんを発見でき、リンパ節、頚椎転移をきす前に、根治的治療が可能であったと判断された。したがって医療過誤は認められることになる。また、A医療機関入院後、脳出血を発症したが、直接因果関係はないと思われた。
〈顛末〉
 証拠保全申し立て以降に、患者側からクレームが途絶えて久しくなったので、立ち消え解決とみなされた。

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