会員投稿/忘れえぬ症例
原因不明の脳症/伊地智俊晴(左京)
ある日曜日の朝、16歳の女子高校生が運動部の同級生の応援のため他府県に行きました。電車に乗っているときに突然意識を失い、近くの救命救急センターへ搬送後、ヘリコプターで私の勤めていた病院に転院してきました。
運ばれてきた彼女はけいれん発作の重積状態のように見えました。ICUにてレスピレーター管理を開始しました。治療にてけいれんは次第におさまり、翌日の明け方には呼びかけにも反応、呼吸状態もよくなり抜管できました。朝になって、会話もある程度可能となりました。てんかんあるいは症候性てんかんの重積発作であったと考え一般病棟に移してゆっくり調べる予定としました。
ところがその日の夕方に再び意識障害、けいれん発作が出現しました。それから5週間、彼女の意識は戻りませんでした。MRIでは大脳皮質を中心に移動性の異常シグナルが出現するのですが、脳脊髄液検査では異常を認めません。あらゆる検査を行いましたが、原因がわかりません。抗ウイルス薬や副腎皮質ホルモン剤も効いている印象はありませんでした。経過中、肺炎になったり、偽膜性腸炎になったり、結構合併症もありました。家族もあきらめかかっていたころに意識が戻り始めました。数日かけてほぼ清明状態となりました。目覚めてからの会話のリアクションは今時の女子高生といった感じでした。
彼女は退院時にイラスト入りの手紙をくれました。内容は私たち医療スタッフに対する感謝の言葉と自分もこれから頑張って生きていくというもので、私はとてもうれしく思いました。退院後は疲れやすさが残り学校も時々休んだりしていましたが、修学旅行にも参加して、受診時にはそのお土産も頂きました。月に1度定期的に外来を受診し、抗てんかん薬の投与を行っていました。退院後けいれん発作は1度も起こっていませんでした。
退院後数カ月たった受診予定日(ちょうどクリスマスイブでした)に両親が見えました。そこで娘は2週間前に亡くなりましたと告げられました。風呂場の浴槽内で心肺停止状態になっていたそうです。自宅のすぐ近くの救急病院へ搬送されたそうです。全く予想していなかった死亡だけに両親にかける言葉も出ませんでした。その病院では肺出血だと言われたそうですが、私は入浴中のけいれん発作による死亡と思っています。両親から死亡を知らされたとき、非常に驚き悲しかった記憶があります。発作が入浴中でなければ死ぬことはなかったのにと思いました。同時に別の思いも浮かびました。それは、自分の病院に搬送して欲しかった、そうすれば剖検して脳症の原因も突き止められたかも知れないというものでした。いろんな面でとても残念であった症例です。