介護保険制度「改正」の枠組みだけで地域の再生は不可能
知らされない法案の重要性
介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律案(閣法・以下「改正案」と表記)が、4月5日国会上程、5月11日に衆議院厚生労働委員会で審議入りした。改正案について、マスコミはほとんど伝えていない。しかし、「制度の持続可能性」を前提に「地域包括ケアシステムの実現」を打ち出し、新サービス創設や介護職による「喀痰吸引等」実施など、極めて重要な法案である。協会は垣田副理事長談話(左掲)を発表、関係議員等への要請も進めている。
24時間・365日のケアが「包括的に保障」されるか
改正法案は地域包括ケア実現に向け、2つの新サービスを提案。「地域密着型サービス」注1への図1「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」や小規模多機能型居宅介護に訪問看護を組み合わせる図2「複合型事業所」の新設(複合型サービス)である。
前者は早くから検討されてきたもので、1つの事業所から訪問介護と訪問看護を一体的に提供、あるいは外部の訪問看護事業者と緊密に連携した訪問介護の実施により、24時間の定期巡回とオペレーションセンターが通報を受けての「随時対応」を行う。
厚生労働省は先にまとめた「報告書」注2で、「1日複数回、利用者の生活のリズムに応じ」て、定期的に訪問し、滞在時間も現在の訪問介護のように厳格な時間制限を設けず、報酬も包括払いを想定。「起床から就寝までの在宅生活を包括的に支えることを前提」としたサービスだと述べた。
もちろん新たなサービスが在宅生活の一助にはなるだろうが、それ自体が「包括的」なサービスになるとは考えにくい。想定される提供内容は、体位変換・排泄・おむつ交換等の必要最低限の介護であり、なおかつ包括払いの報酬は「どれだけたくさんの利用者に対応できるか」の追求につながる。結局のところ、介護職の滞在が短時間にならざるを得ず、提供可能なケアの範囲が限られたものになることが予想されるからだ。/P
ケア保障の基礎に「生活を支える」思想が必要
この新サービスの評価を考えるには「ケアとは何か」に立ち戻る必要がある。
国は、制度改定のたび「生活援助」(家事援助)サービスの「適正化」を打ち出してきた。最近の同時改定に向けた介護給付費分科会の議論でも、相変わらず槍玉に挙げられている。他にも同居家族がいる高齢者への生活援助サービス制限等も問題となった。そればかりか、改正法案には「軽度者」(要支援と判定された方)に対するサービスを、介護保険給付か、地域のインフォーマルな「資源」(ボランティアや住民福祉活動)に委ねるのかを、市町村・地域包括支援センターが判断する仕組み(介護予防・日常生活支援総合事業)の導入まで持ち込まれている。基礎的な「生活援助」サービスの介護保険給付除外は、一貫して進められている。
しかしながら、食事や洗濯、掃除等は生活の基礎を成すものだ。「時間の制約」を問題視するならば、むしろ現行法において、時間に追われ「話し相手」をする時間も十分にとれない訪問介護の実態こそ改善すべきではないだろうか。
生活の基礎を支えることなしには、医療系サービスさえ十分に機能しない。「24時間・365日」の新サービスの意義も、まずは介護保険が生活の基礎を支える機能を強化する中で発揮されるのではないだろうか。
「医療とは、福祉とは」を揺るがす介護職の喀痰吸引等実施
もう1点見過ごせないのが介護福祉士等の喀痰吸引等の実施である。これはすでに、内閣総理大臣の指示事項(10年9月26日)もあり、「当面のやむを得ない措置」として一部実施されてきた。改正法案でこれが法制化される。法文によれば、介護福祉士の定義自体が変更され、「医師の指示の下に行われる喀痰吸引等」が本来業務となる。同時に一定の研修を受けた介護職員も事業所を通じて都道府県に登録し、医療行為が可能になる。
医療費抑制路線が進む中、介護現場では医療が必要な対象者が増大している。しかし現場には医療職が不足し、介護職がたん吸引をしなければ生命が守れない場面もある。そうした現実に即し、医師・看護師にしか認められなかった医療行為が介護職にも委ねられるということであろう。
本当にこの方向性が正しいのだろうか。
介護職の「定義」を変更するということは、一方で医師や看護師の「定義」にも影響を与える。従来「医療職」と「介護職」は各々固有な役割を持ち、連携して対象者の療養と生活を支えてきた。国は地域包括ケアシステムに向け、医療と介護の連携を叫びながらも、その定義自体を変更するということになる。
そもそも介護現場で医療の必要な人が増えたのは、国による医療費適正化路線・入院医療費抑制策がその原因にあることは確実である。その根本問題にメスを入れないままの、あまりに便宜的な「改正」であり、安易に認めることはできない。
改正法案のテーマは重い―社会保障全体を見渡した対峙構想の準備を
今回の改正法案が提起する問題は極めて深刻だと言える。結果として、高齢期を支えるケアのあり方、専門職のあり方、そして「地域のあり方」まで展望しながら論じるべきテーマにあふれている。果たして、これらのテーマはすべて「介護保険制度改正」という狭い枠内で検討可能なのだろうか。
一方、5月18日の経済産業構造審議会基本政策部会の席上、委員である川渕孝一氏が「高齢者医療制度と介護保険を統合して『地域包括ケア』の実現」を医療支出抑制策として示した。
今後協会は、改正法案を拙速に採決しないこと、十分に審議することを求めたい。そして、「地域におけるケア保障」の観点から、社会保障全般を見渡した構想を対峙すべく、検討を進めたい。
※注1 地域密着型サービスは市町村を指定権限者とし、独自に診療報酬の上乗せを行うことも可能な仕組みである。市町村を中心にした地域包括ケア体制の構築の手段としての役割を期待されている。
※注2 「24時間地域巡回訪問サービスのあり方検討会報告書」(2011年2月)