事故調のいう「予期せぬ死亡?」に備えて(4)  PDF

事故調のいう「予期せぬ死亡?」に備えて(4)

マニュアルの解釈に問題があった頭部外傷への対応

(80歳代前半男性)

〈事故の概要と経過〉

 当該医療機関と同じ建物にある老健施設にショートステイで入所。要介護度㈼で老健施設に初めて入所する患者であった。入所した翌日の夜中に自室前の廊下で「くの字」型になって倒れているところを従事者に発見され、当該医療機関外科で後頭部を5〜10cm縫合した。出血ありで、意識状態も不安定であったが、当該医療機関外科の以下にあげる「頭部外傷後の注意書」の注意事項に相当しなかったことと、当該医療機関と同建物にある老健施設の入所者で、異常が認められた場合はすぐに対応可能との判断からCTを施行せずに、縫合開始から終了までの40分の観察のみで、老健施設に患者を帰して経過観察とした。ところが、3時間後に患者が嘔吐したので至急にCTを施行した。その結果、脳出血が著明であることが判明したため、点滴を行いながら当該医師が同伴して脳外科医師が常勤しているA医療機関まで患者を搬送した。A医療機関では、患者家族の希望もあって保存的治療にとどめたが、患者は間もなく頭部外傷で死亡した。患者家族には転倒して脳出血に至ったことを当該医師らが説明した。
 患者側は老健施設に転倒についての管理責任を問うとともに、当該医療機関に対して、CT施行の遅延があったことについて責任を追及した後に、訴訟を申し立てた。
 医療機関側としては、CT施行の遅延が問題とされているが、必ずしも転倒事故時点でCTを施行しなければならなかったか判断ができなかった。また、事故時点でCTを撮っていたとしても、患者の救命もしくは延命に影響したか否か不明とのことだった。
 紛争発生から解決まで約2年11カ月間要した。

〈問題点〉

 本件の問題点は転倒時点でCTを撮るべきであったか否か。もし撮っていれば救命に影響があったか否かという2点である。
 結論から言うと患者の転倒が発見されたときCTは撮っておくべきであった。なぜなら発見されたとき、すでにその患者は明らかに意識障害を生じていたと考えられるからである。「意識状態も不安定で」とあるのはいかなる意識状態であるのか判断し難いが、明らかにこれまでの意識状態とは異なっていたのではないかと判断できるからである。当該医療機関は、「当該医療機関の頭部外傷後の注意」に当てはまらなかったと述べたが、このような注意書きは通常、頭部外傷を受けた患者で、その急性期の診察時に異常がなかった場合に、患者本人や家族に対し、その後(例えば帰宅後)もしこのようなことがあれば、すぐに脳神経外科のある施設を受診することを促すために作成されている。従って、診察時すでに何らかの意識障害があったと判断される本件には、適用されない注意書きである。また、当該医療機関ではその時点でCTを撮れる状況であった。患者は発見後2時間30分後に嘔吐し、CTを受けて右前頭葉、側頭葉の脳内出血を発見されているが、外傷そのものは発見時より以前に生じており、外傷後の正確な時間は判断できない。発見時点でCTを撮影しておれば何らかの頭蓋内病変がすでに存在しており、その段階で脳神経外科の専門医に相談できた可能性がある。
 もう一つの問題は、発見時CTを撮っていれば延命に影響したかという問題である。発見後約2時間30分後のCT所見からは、この時点でただちに開頭血腫除去をしていれば、延命できた可能性もあると考えられる。A医療機関到着時の神経学的所見は不明であったが、当該医療機関のカルテの記載では「呼吸に反応もlevel低下」とされており、少なくともいわゆるJapan Coma Scaleで100以下の意識低下であったとは考え難い。CT所見でも脳幹の偏位は認められるもののただちに生命の危機にあるとは考え難い。ただし、手術して延命できたとしても何らかの後遺症が出現した可能性は十分あり得た。

〈解決方法〉

 医療機関側は一部責任を認め、和解金を支払い終了した。なお、和解金は訴額の10分の1以下で、事実上の医療機関側の勝訴とも解釈できる結果であった。

当該医療機関外科「頭部外傷後(あたまを打った後)の注意」

(1)ぼんやりして、放っておくとすぐ眠るか、起こしてもなかなか起きない時
(2)頭痛が徐々にひどくなってくる時
(3)吐き気や何も摂取しなくても物を吐くといったことが「何回も」起こる時
(4)手足が痺れたり、動かせなくなったり、痙攣(ひきつけ)が起こった時
(5)顔色が悪くなったり、ぐったりした時
(6)視力(物をみる力)が弱くなったり、物が二重に見えたり、耳が聞こえ難くなったりする時 

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